写真でつづる流山の道 ブログ

写真でつづる流山の道

流山市内の道をすべて歩きました。道すがら目にしたものを写真で紹介します。流山市限定ですが、他の場所に共通するテーマもあるでしょう。あなたの地元を歩いてみませんか。

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行灯;ここにもあった!

行灯を見かけるたびにお知らせしてきましたが、今日は「流山市生涯学習センター」の建物の中に発見しました。病院で待っている間に〝ちょっと行ってみるか〟という気持ちで入ったら、それがあったのです。!建物の中に入っていると、まず見つけられませんよね。私の行灯探査も限界になりそうです。道端であれば気がつくのですが・・・行灯;生涯
行灯;生涯2
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  1. 2016/12/06(火) 16:43:23|
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流山発見:横丁

前回「ガラガラ通り」を紹介しましたが,きょうはそこの南にある小さな横丁をのぞいてみます。
左手の信号から右下に延びる道です。


2014_1130_100531-DSC06330.jpg
大通りから吸い込まれるように坂を下っています。不思議な感覚を受けます。
「ガラガラ通り」を撮影したほぼ同じ立ち位置です。

2014_1130_100720-DSC06332.jpg
中道の方から見ると,普通の横丁です。
2014_1130_102146-DSC06348.jpg
横丁の中ほどに「樽屋 加藤」という行灯を置いているお宅があります。昔は「樽屋」だったのですね。
樽(たる)を作っている切り絵が生きています。いい雰囲気のたたずまいです。
ちなみに,行灯の上に掛かっている〝屋根〟は,ここの加藤さんが発案したものだそうで,市内あちこちに見られます。

2013_0917_092651-DSC02652.jpg2013_0917_092632-DSC02651.jpg
この横丁,名付けて「樽屋横丁」としました。加藤さん,ご迷惑だったらご一報ください。
  1. 2015/02/03(火) 07:31:17|
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流山発見;横丁

きょうの「横丁」は横丁というにはいささか大きな通りです。
一段階拡大してください。
平和台駅から西へ行くと江戸川堤防沿いに信号がある,その通りです。


イトーヨーカドーとその南にある流山南高校をすっぽり含める3万5千坪が糧秣廠でした。

2014_1130_100500-DSC06328.jpg
今撮影している場所は,江戸川堤防の上です。ここから東へ延びる広い通り。(私が)名付けて「ガラガラ通り」。
〝ガラガラ〟とは・・・
大正14年にさかのぼりますが,下の地図(昭和36年)に太線で囲まれた区域が見えます。そこに「陸軍糧秣廠流山出張所」なるものができたのです。〝糧秣〟とは『兵士の食糧と軍馬のまぐさ』と辞書に出ています。当時ここでは主に軍馬のまぐさ(=馬糧)を調達・加工・保管する場所だったのです。そのまぐさを江戸川の水運によって運搬するために,ここに〝スキー場のリフト〟のようなものが設置されていました。それが〝ガラガラ〟と音をたてていたのでこの名が付いたということです。

2014_1130_102221-DSC06349.jpg
だだっ広い道ですが交通量は少ないです。突き当たりが江戸川堤防です。

IMG - コピー

DSC00744.jpg
イトーヨーカドーの角に「陸軍糧秣本廠流山出張所跡」を示す碑が立っています。流山で唯一の〝軍〟関係の施設です。
DSC00745.jpg

  1. 2015/01/29(木) 08:06:24|
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流山発見;横丁

10本目と11本目の横丁は...


「平和台駅」から西へのびる広い道と,「題目屋横丁」にはさまれた2本の横丁です。

「舟屋(ふなや)横丁」はいかがでしょうか。明治30年代にはこのあたりに舟大工さんがいたらしいです。想像ですが,舟の修理や点検をしていたのでしょうか。あえて「船」ではなく「舟」の字を使いました。
上の画像は江戸川土手から見たところで,下は中道からの景色です。
2014_1130_100327-DSC06326.jpg
2014_1130_102327-DSC06351.jpg

横丁入口に階段があることから「階段横丁」という命名はいかがでしょうか。
上の画像は江戸川土手から見たところで,てすりが見えますね。下は中道からの景色です。奥に階段が見える・・・のです。
2014_1130_100404-DSC06327.jpg
2014_1130_102254-DSC06350.jpg

正面の道路は明治期までの江戸川の堤防でした。流山の街が堤防で守られていた証拠です。自転車でこの横丁に入った方は気を付けましょう。
2010_0610_142811-DSC01161.jpg

  1. 2015/01/21(水) 08:03:22|
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流山発見;横丁

「流山キッコーマン(みりん)工場」の長い塀に沿って南へ。塀が途切れるところに,横丁というには少し広めの道がある。名付けて「題目屋横丁」。この名称は今わたしが(勝手に)付けました。
キッコーマン工場の南側の道です。1段階拡大すると「題目屋」の表示が出ます。


2014_1130_100237-DSC06325.jpg
本通から(江戸川に背を向けて)見たところ。
左手がキッコーマンみりん工場。

















2014_1130_102402-DSC06352.jpg
中通りからのながめ。
突き当たりが江戸川。
右手がキッコーマン。

















2013_0917_091609-DSC02645.jpg
「題目屋横丁」命名の元となったお宅。
行灯に「題目屋 奉唱題目六萬部 下総國葛飾郡流山村 安藤新右衛門」と記されています。
「お題目」と聞くとなんとなくお仕事の内容がわかる気がしますね。





















2014_1009_144713-DSC01268.jpg
中道沿いにある,きれいに整備されたキッコーマンみりん工場の塀。
パネルを付けてみりんの歴史を伝えています。
画像の左端の角が「題目屋横丁」入口。
右端にはかつて「出蔵横丁」という道があったそうです。今では工場の敷地に取り込まれています。











  1. 2015/01/15(木) 07:10:25|
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