写真でつづる流山の道 2011年10月
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写真でつづる流山の道

流山市内の道をすべて歩きました。道すがら目にしたものを写真で紹介します。流山市限定ですが、他の場所に共通するテーマもあるでしょう。あなたの地元を歩いてみませんか。

地番

流山市内の地名を探ったら面白いだろうなと思う。とりあえずは目についたものを写真に撮ってみたが,地図を見た方が収穫は多いだろう。
同じ場所に立つバス停の名称が変わりました。どちらが古くてどちらが新しいものでしょう?

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BEFORE ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・⇒ AFTER
「ミツウロコ」という味のある名称が消えて淋しい。
流山市には漢字一字の地名が多い:「」(きた)「」(みなみ)「」(たに)「」(か)「」(なか)「」(き)
※『北と南に加えて谷の中にも木がある』とでも覚えようか。


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【左】ちょっと失礼して表札を撮らせていただきました。番地は伏せてあります。『東葛飾郡』『流山町』だったのだ!

【下】?・・・『平和台4丁目』にある『平和台二丁目のバス停』。“私は今どこにいるの?”

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  1. 2011/10/16(日) 07:30:28|
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道標・みちしるべ ---今昔---

「流山市立博物館調査研究報告書12:流山の道」には「道標調査」の項目がある。そこには流山市内にある道標20か所が記録されている。私は流山市内の道をすべて歩いたにもかかわらず,たった2か所しか確認していないことがわかって驚いた。道標の中には,社寺の境内にあったり,道祖神や馬頭観音にまぎれていたり,表面の刻字が判読できなかったりの理由で発見できなかったのだろう。“道標調査”をしたわけではないのでご容赦願うこととする。

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伝統的な道標。山道や田園地帯によく似合うものだ。残念ながら書かれている字がかすれている場合が多い。この形は残しておいてほしいと思う。(この形のものは「報告書」に載っている道標には含まれない)


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流山街道沿いの東深井,駒形神社の南150mほどの所にあるしっかりした石造りの道標。「報告書」によるとこれは『庚申塔』で『文化12年(1815)』に作られたものだ。『青面金剛』と彫られた左右には『右 なり田 ふせ』『左 の田 きの崎みち』と読める。
道標が立っている周囲の風景は下のようになっている。これを機会に市内のすべての道標を確認したい。


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これは「東深井こどもの遊び場」近くの道標。「報告書」によると『庚申塔』で『文政5年(1822)』に作られたものだ。『青面金剛』の左右には『右 野道』『左 布施成田道』とある。(いまや廃れてしまっている〝野道〟という表現に郷愁を覚える)左手を進むと「ろくどみち」に出る。上の道標から東へ500mほどの位置だ。

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これは現代版の道標。左の写真のものは,農耕地ではなく市街地に置かれている。石造りのものに比べて見過ごしやすいようだ。
下の写真のものは,江戸川土手近くで見かけた新しい形の道標だが,この形はここだけのようだ。文字もはっきりしていて見やすいのだが,やはり木製の腕を四方に張った昔ながらの道標の方がこの地には似合いそうだ。



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  1. 2011/10/14(金) 09:06:52|
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不思議な空間

今日紹介するのは,流山市内に5か所ある〝不思議な空間〟。まずは北部から順に写真を見てください。

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『ながれやま文学の散歩道』『西深井休憩園地』と書かれた標柱がある。その奥に『ながれやま文学の散歩道 散策案内図 利根運河~愛宕神社』と書かれた地図がある。
どこを見ても‘文学’に関わる記述はない。私は文学には疎いが,流山といえば俳人小林一茶が思い浮かぶし,万葉集に歌われた‘葛飾早稲’もこの近くだが,解説はない。‘休憩園地’という概念もここに来て初めて知った。
何のための空間なんだろう?不思議だ。地図には道標の位置が示されているが,道標の位置をここで知ってもあまり役に立つとは思えない。続く写真すべてについて“文学とは何ぞや?”にこだわりたい。
《西深井;深井城址近く》


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『北小屋園地』『愛宕神社~金毘羅神社』。《小屋;香取神社前》

※この地域は,「北」と「小屋」という字(あざ)が複雑に入り組んだ所。無責任なことを言わせてもらえば“この地域を一つにまとめて「北小屋」としたらどうか”と思う。


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花輪城址公園入口にある。『文学の散歩道』『南丁字路~流山広小路』。入り口には標柱がない。すぐ後ろが墓地なのでお墓参りに来たようなものだ。《下花輪;東葛病院前》

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流鉄平和台駅前にある『文学の散歩道』。目立つし手入れもされているのだが,情報源としてはあまり役に立っていない。かろうじて左手の道標に『一茶双樹記念館』への方向がわかる。

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流鉄流山駅前にあるのは『流山駅周辺案内板』。新撰組に関する場所確認には良い。右の写真は『避難場所地図』。市役所で買える「観光マップ」には『文学の散歩道』と記されているが,現地には存在しない。ヘンなの。



※【提案】『ながれやま文学の散歩道』を止めて『流山歴史散策案内』としたらどうだろうか。あるいは趣旨を変更して『流山100か所めぐり案内図』にするのもいいと思う。『休憩園地』の役割は残して,市内平均的に設置したらよいと思う(現在の3倍15か所)。各地の『散策の森』や『緑地・子供広場』などを改変して整備するといいと思う。市役所の担当者に是非考えていただきたい。

  1. 2011/10/13(木) 08:01:37|
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タイムカプセル

流山市役所玄関前に「タイムカプセル」が埋められている。そういえば一時期〝はやった〟ものだ。私自身携わったことはないし何が埋められているのか全く知らないが,開封するときのワクワク感は共感したいなと思う。自分の家で押入れから忘れていた昔の物が出てきたような時の〝得をした〟気持ちを想像する。

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銘板には次のように記されている:
『流山市市制施行20周年記念事業としてこの場所にタイムカプセルを埋設いたしました。21世紀の流山市民のみなさんによって、流山市市制70周年(2037年)に発掘、開封されることを希望します。
昭和62年2月吉日(1987年)埋設
流山市 秋元大吉郎』



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流山市役所正面。タイムカプセルは,流山市役所と刻まれた石の後ろにある。高台にあるので,特に流山街道方面から行くには,坂を上らなければならず,チョットきつい。まあ1年に1回行くくらいだが。






  1. 2011/10/11(火) 07:43:37|
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ちょっと昔の風景---PART2

前回の「ちょっと昔の風景」に付け加えます。

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手漕ぎ井戸。私が歩いて道から見えたのは3つだった。左上は宮園の住宅地の一角。右上はセントラルパーク駅近くのマンションの前。左のはおおたかの森駅から少し離れた所に移転した小山小学校の敷地内。それぞれデザインが異なる。水が出にくくなると‘呼び水’といって,上から水を入れてレバーを上下させると,ジャーッと井戸から水が上がってくるのだった。まだまだこのような井戸を使っている家々があるはずだ。







以下の写真は,江戸川台駅で見つけた,東武野田線の『野田市~柏間 開業100周年』の展示写真です。私自身も知らない貴重な風景に驚きました。忙しげに改札を通る人たちは,この掲示が目に入らないのではないかと,少々残念に思いました。広報で知らせがあったのだろうか?この写真を見た日から現在1か月ほどたっているが,この展示はもうない。私が今撮っている写真が100年後には何かの形で後世の人たちに見てもらえたらうれしい。
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次の2枚は,1975(昭和50)年頃,私が撮った江戸川台駅東口前の様子です。よくわからない写真で恐縮です。当時は記録に残すなどという考えはまったくなく,当たり前の風景として撮ったにすぎません。もっとチャンと撮っておけばよかったと悔やまれます。
S49年江戸川台駅東口 (3) S49年江戸川台駅東口

これは現在(2011・平成23)の江戸川台駅東口前のパノラマ写真です。これは100年後には価値が出そうです。
2011_0405_125746-DSC02438 パノラマ写真・江戸川台駅前

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田の畔に立つ豊作を祈るお札。西深井で見かけた。いい風景だと思う。昔からの伝統は大切にしなければならない。

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  1. 2011/10/10(月) 08:06:07|
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ちょっと昔の風景

「ちょっと昔の風景」というテーマで,流山市内の昔を感じさせてくれるものを紹介します。もちろん社寺はすべて「昔の風景」だが,庶民感覚での「ちょっと昔」を訪ねてみました。

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流山を代表する建物はこれ「呉服新川屋」。広小路を眺めて120年,どのような営みを見てきたのだろうか。

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『国登録有形文化財 呉服 新川屋土蔵店舗 明治二十三年(1890)年築』とある。
鬼瓦の代わりに大黒天が据えられている。


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これも流山を代表する古建築の「見世蔵」。いろいろなイベントが開かれる。こんどお店の中に入ってみよう。

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「見世蔵」の裏側。一昔前にはこのような〝蔵〟や〝土蔵〟がよく見られたものだった。

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利根運河の北側の土手から見える「窪田酒造」と「窪田味噌醤油」工場。時々大豆の香りが漂う。

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“天晴”の文字が往年の流山の発展を忍ばせている。「一茶双樹庵」にも“天晴”の掛け軸が架かっていたように記憶するのだが...今度確認してこよう。窪田酒造は野田市との境に挟まれて,ほとんど野田市側にあるが,今日の流山を築いたとも言える。青木更吉氏の「みりんの香る街 流山」(崙書房)に詳しい話が載っている。







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「割烹旅館新川」の遠景。木立に囲まれて中は見えないが,歴史ある料亭だ。運河の盛衰を見てきたことだろう。是非ここで食事を楽しみたいものだ。









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流山旧市街に残る「ちょっと昔の風景」。旧道沿いにはまだ数軒見られるが,近づくにつれて親近感を覚える存在だ。

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流山市内に唯一残っている銭湯「江戸川湯」。よく頑張っているなー。大人420円,中人170円,小人70円。我が家も以前,自宅の風呂場を直したとき数日の間お世話になりました。快適でした。市内でただ一つの銭湯は是非残したいですね。

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野田線近くにある住宅。私が育った家もこのような感じだったなぁ...と懐かしく思い出される・・・ような現役の住宅。いずれ建て替えられるのだろうが,コンクリートのマンションより温かみがある,と思う。









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道路を走る車に押しつぶされそうなお店。流山街道の桐ケ谷バス停近く。車の振動とか大丈夫なのだろうか。お客が出入りするにも危険だ。









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場所は定かではないが,廃屋だろう。それにしても道端に立つ看板が妙に新しく見えた。








  1. 2011/10/07(金) 11:06:56|
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落書き?芸術?

流山市内では見苦しい景観はほとんどない。今日紹介する〝壁画〟と,工事現場の塀に描かれた〝壁画〟を比べてみよう。芸術性はさておき,何もない壁を目の前にすると何か描きたくなる〝壁画〟の気持ちを考える。

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常磐道流山インター下のトンネル。このようなトンネルや高架橋の下に多く見られる〝壁画〟だ。文字のような絵のような不思議な造形だ。『ピカソが描いた』と言われたら・・・ピカソに失礼かな。一層のことミケランジェロのように天井部分にも描いてくれていたらすばらしいのにと思う。今度描くときは脚立を用意することを提案します。










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まだ手つかずのトンネルがありますよ-。よく見ると入り口の左手が補修したような,色が違う部分がありますね。ここには何か描かれていたのかもしれません。中に入るとなんとなく不気味な圧迫感があり,そそくさと通り抜けたい衝動にかられる。ここに明るい色ですばらしい絵を描いたらいいのにと思う。提案その2。








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柴崎の八木南小学校近くの造成工事現場を囲う塀に描かれた〝壁画〟。長さは200mほどはあるだろう。小学生が直接筆で描いたのかな?下絵を基に大人が描いたのかな?それとも・・・
久しぶりに見た力作だ。他の工事現場では,砂防ネットのような,青や緑色の網目のネットを多く見かける。このような〝壁画〟は珍しいようだ。











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  1. 2011/10/06(木) 08:12:14|
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カーブミラーの姿

昨日の「コレナニ」に含めてもよいのだが,写真が多いので別立てで紹介します。道を利用する人たちの知恵というか,使い勝手の良いカーブミラーを工夫している現場を見ました。

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冬の日差しが低く当たっている。カーブミラーが投げかける光の中を歩くのは気持ちいい。《北・小屋地区》













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地面すれすれに置かれたミラー。それなりの用途・効用があってのことなのだろう。子供用か?車いす用か?
それとも,道端が用水路になっているので,転落防止も兼ねているのか?


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庇がでかい!太陽の反射を考えてのことだ。これも高さは1mほど。










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四角いミラーはかっこいい。そういえば,どうしてミラーはほとんどが丸いのだろう?

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これだけあれば絶対安全だ!角度を決めるのが難しかっただろうな。

最初と最後の写真を除いて,6枚すべて深井新田から西深井にかけての,野田市との境となる道沿いで見かけた。東西方向の道に北方向から道が合流している。車の通行は少ないようだが,ついスピードを出しそうな所だ。

  1. 2011/10/05(水) 09:16:51|
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コレナニ?

道端で見かける物で,何のためにあるのか不思議に思う物がある。調べたり人に聞いたりすれば済むのだが,出会った瞬間の不思議さを伝えたいのだ。

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守谷街道から美田地区に少し入った所。ぶつかってもいいようにガードされているもの,なんだろう?同じ形態のものを神明堀や用水路でも見かけた。排水管のバルブらしいのだが,しばしたたずんで考えてしまう。
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道路に出っ張ったブロック。車がぶつかってもいいように作られている。この出っ張りの中にバルブが通っているらしい。

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植込みの縁をよく見ると,水道の止水栓の蓋が見える。手前の側溝の蓋の位置がもともとの地面で,そこに設置された止水栓(メーター)の上に植込みを作ったためにこのような形になったものと考える。江戸川台東自治会館前。









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「取水樋」と書いて「トルストイ」と読ませる。なんだと思いますか?「水を取る樋」と「ロシアの文豪」とどう結びつくの?
ヒント・・・ここは流山市立図書館北部分館「森の図書館」の玄関脇にあります。
答えは・・・図書館に入ったところに説明があります。







答=雨水を貯めて利用するための装置だそうです。図書館であるだけに文豪の名にかけたのでしょう。
「しゅすいひ」などと無粋な呼び方をしなくてよかったですね。




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住宅造成地の一角に,緑色のシートに覆われた一角がありました。何のためだかわかりません。市内で他にも見かけました。東京都の練馬区でも見かけたことがあります。
ウ--ン,ワカラン。









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流山市民であればこれわかりますよね。でもまったく想像できない人もいるはずです。
ここは「利根運河」の「運河水辺公園」。運河の中ほどに立つ〝水位観測塔〟です。この近くに「江戸川河川事務所運河出張所」があり「利根運河交流館」も併設されています。運河のことを知りたいときはここへ来てみましょう。












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巨大なオブジェ。野々下4丁目にあります。ここは「野々下水辺公園」になっていて,地下を通ってここまで来ている坂川が地表に顔を出す〝起点〟です。この円筒は,地下に埋まっている〝川〟に使用されている〝管〟を展示しているとのこと。









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この木を見て何だと思いますか。実は地面が濡れていることに注目してください。その上を見ると・・・太い枝がスッパリと切られていますね。そこから水が垂れているのです。まるで木が泣いているようです。駒木台と柏市西原の境の道で出会いました。電線に触るのでしょう。それにしてもかわいそうだ。
1年後再び来て見みると,切り口は乾いていて,痛々しい感じはするものの,涙は消えて木は元気でした。












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「野々下5丁目ポンプ場」と書かれた物体。何のポンプなんだろう?水かガスか?地面から浮いているので,そんなに重いものではなさそうだ。柏市でも見かけたが,用途は調べていない。
















  1. 2011/10/04(火) 09:18:56|
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