写真でつづる流山の道 2011年11月

写真でつづる流山の道

流山市内の道をすべて歩きました。道すがら目にしたものを写真で紹介します。流山市限定ですが、他の場所に共通するテーマもあるでしょう。あなたの地元を歩いてみませんか。

「流山道」探訪

流山道」についての説明板が,下の地図のマーク地点にあります。東京都足立区西保木間1丁目付近を示しています。淵江小学校と氷川神社が目印です。ここから流山までつながっていたことに驚きました。古道の一部を歩いてみようと思い,出かけました。http://blog.goo.ne.jp/sanpo63/e/で知りました,ありがとうございます。



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竹ノ塚駅から10分ほど,足立区立淵江小学校(左手)の南西角から流山道に入りました。
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2011_1107_095440-DSC04609.jpg解説板には次のように書かれている。
流山道
本説明板の前を東西に走る小道は、江戸の昔から流山道と呼ばれた古道である。保木間で日光街道からわかれ、南花畑、内匠橋、六木を経て流山に向かう。この道に接する宝積院と氷川神社は戦国時代の武士・千葉氏の陣屋があったと伝えられることから、道の成立は戦国時代以前にさかのぼると考えられる。
 この道を東進すると花畑大鷲神社や成田山と結んでおり、西に進むと西新井大師に通じる信仰の道でもある。ここから大師道・成田道という別称もある。なお沿道には寺院・神社や旧村地帯が分布し、保木間の旧家の多くもこの道に沿って建っており、地域の歴史を今に伝える。
平成十年九月            東京都足立区教育委員会




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解説板には以下のように記されている。

保木間氷川神社(ほきまひかわじんじゃ)
 祭神(さいじん)として、須佐之男命(すさのおのみこと)・豊受姫命(とようけひめのみこと)・菅原道真(すがわらみちざね)を祀る。
 当社の創建は明らかではないが、中世この地は関東の豪族千葉氏の陣屋跡と伝えられ妙見社(みょうけんしゃ)が祀られ、のち天神を祀る菅原神社となった。それ故に隣接の天神社別当寺宝積院(ほうしゃくいん)は、その山号を北斗山(ほくとさん)と称するという。
 江戸時代、保(ほ)木間(きま)・竹(たけの)塚(づか)・伊興(いこう)三村の鎮守は、もと伊興氷川社で、明治の初め当社もそこに合祀(ごうし)されたが、明治五年分離して、社名を氷川神社と改め保木間村の鎮守となった。
この地域一帯は、伊興地区についで早く開け、平安末期から鎌倉期にかけて発展した。保木間の地名は、平安期末に西国の武士が木の柵を設け、田畑を起こしたことによると伝えている。またこの地域では、古墳時代の土師器や鎌倉期以降の板碑などが多く出土している。
平成元年一月             東京都足立区教育委員会




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解説板には教えられる。ここでこういうことがあったのか!と単純に驚いた。

田中正造と保木間の誓い
 1890年代に発生した足尾銅山鉱毒事件は近代史上で特筆される公害事件である。1898年(明治31)九月群馬県邑楽郡・栃木県安蘇郡等の被害住民3000人が鉱毒被害を訴えるため上京した。被害問題に取り組んだ田中正造(当時衆議院議員)は、同年9月28日、上京する被害住民とここ保木間氷川神社で出会い、鉱毒問題の解決に努力するという演説を行い、被害住民を帰郷に導いた。この時被害住民たちは涙して演説を聞いたといい、これを保木間の誓いという。
 当時東京府南足立郡渕江村だったこの地では、村長坂田正助と村会議員が、上京途中憲兵や騎馬警官による阻止・排除を受けた被害住民に、炊き出しを行って出迎え、被害住民と共に正造の演説を聞いた(「田中正造日記」)。こうした被害住民への支援は渕江村の人々と被害住民の農民同士の連帯感によって支えられていたという。
平成十年九月      東京都足立区教育委員会




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2011_1107_100426-DSC04627.jpg氷川神社と寶積院とが隣り合っている。
石碑があるが,残念ながら読めない・・・理解するための知識がないのだ。



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『1300年代の大乗院付近 「大門」名の由来』という解説板がある。歴史のある地域なのだなと思う。(解説文は割愛しました)











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流山道。昔を想像するのは難しい。













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ここで日光街道と交わる。ここから東への道は確認できていない。今回はTXの八潮駅目指して歩いた。












綾瀬川にかかる内匠橋周辺の風景。昔は流山との間を行き来する人にとって大事な橋だったのだろう。
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上耕地橋・・・流山にも〝上耕地〟という地名がある。〝〇〇新田〟と同じように土地の利用が名称になったのだろうか。
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東京から埼玉に入って,この後はTXの八潮駅から帰途についた。
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  1. 2011/11/27(日) 08:24:05|
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あじさい通り

地面ばかり見てきましたので,この辺で〝道の表情〟に戻りましょう。
流山市観光マップに記載されている「あじさい通り」を紹介します。市南部の前ヶ崎,国道6号の名都借交差点を北西に300mほど入った,東部公民館の先を左[南]に入った住宅地の道です。JRの北小金と南柏の中間点に当たります。車で進入するのは感心しません。約250mにわたって通りの斜面にあじさいがあります。道は普通の生活道路なので,玄関先や駐車場に迷惑がかからないように気を付けましょう。
同じようにアジサイで有名な本土寺(松戸市)はここから西に直線距離で800mほどです。両方を訪れてみてはいかがでしょうか。以下の写真は,はじめの10枚が2010年6月18日,後が2011年6月19日に撮影したものです。


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道の両側にあるのではありません。反対方向から撮ったものです。
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パノラマ処理をしてはみたものの・・・
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2本の電柱がどーも邪魔なのです。
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  1. 2011/11/24(木) 09:30:52|
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マンホール(3)

「マンホール」の仲間に入れてもらおう。「消火栓」のフタを紹介します。

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いろいろな消火栓のフタ。黄色のペイントで縁どられている。左の写真のものが古いようだ。この上に車や荷物を置いてはいけないのだ。


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左は松戸市のもの。右は「防火用水槽」となっている。これは道路上ではなく,住宅地の公園や交差点の角などの,地下に水槽を設置している所にある。このような消火栓や防火用水槽の近くに住んでいる人はとりあえず安心できる・・・かな。

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  1. 2011/11/23(水) 09:52:34|
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マンホール(2)

今日は松戸市・野田市・柏市のマンホールを中心に紹介します。市境にこだわって歩いたので,地図の境界線とマンホールの存在が確認できて面白かったです。キッチリ分かれているとは限らず,十メートルくらいずれているものもあります。隣接する市との協力が必要ですね。

松戸市のマンホールです。矢切の渡しをデザインしていますね。左が‘おすい’右が‘うすい’。
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松戸市のマンホールですが,デザインがコアラとユーカリです。こちらの方が古そうです。
ちなみに,松戸市の木は‘しい’‘さくら’‘なし’があり,国際交流の木として‘ユーカリ’を指定しているそうです。そのユーカリには付き物のコアラも描いたのでしょう。










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柏市のマンホールです。‘さざんか’と書いてあります。‘おすい’か‘うすい’かわかりません。












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‘のだし うすい’と読めます。野田市の木は‘けやき’花は‘つつじ’鳥は‘ひばり’だそうです。












左の写真は,2つ見えるマンホールがどちらも流山市のものです。路側帯の白線が途切れているところが柏市との境です。
右の写真は,左側が流山市で右側が柏市です。ちょうど市境になります。

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流山市のものですが用途が不明です。古そうです。
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「バタフライ弁」と「空気弁」と書かれています。役目はわかりませんが,以前紹介した「バルブ」が地下に埋まっていると推理します。
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やはり「汚」と書いてあると汚い感じを受けますね。「おすい」とひらがなで書いた方が‘上品’かな。
右の写真は穴あきのマンホールです。この近くでは小銭を落とさないようにしましょう。

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左「手賀沼 流域下水道」,右「江戸川左岸 流域下水道」と書いてある。
地下の配管が手賀沼や江戸川につながっているのだ!という驚きを教えてくれている。あまり数は多くないが,壮大な地下の水脈を感じる。

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  1. 2011/11/22(火) 09:14:36|
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マンホール(1)

散歩で下ばかり見て歩くのもそろそろ終わりにします。といってもあと4回を予定しています。
道を歩いていると必ず「マンホール」の上を歩きます。否応なく目に入ってきます。みんなに踏まれ,車のタイヤにこすられて,ジッとしていますが,事があるとその口を開け,下に通っている下水などの点検が行われます。その「マンホール」の‘ふた’に注目してみました。ズーッと昔,〝路上観察(学)〟がはやった頃がありました。その時「マンホール」のデザインに着目した本を見たことがあります。私も真似して写真を撮りました。まずは流山市のものからご覧ください。


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「汚水/おすい」を示すマンホールが多い。下の「雨水/うすい」より多いと思う。ここに3種類出したが,見落としがあるはずだ。なぜマンホールに注目するかというと,その場所の行政地域がわかるのだ。次回にも関係するが,市境ではこのマンホールが手掛かりとなる。道路の手前と先や,右側と左側で行政域が違う地点に来ると,“確認ヨーシ”という気分になる。
下の‘うすい’のはデザインがビミョウに異なる。
それにしてもナゼひらがな書きなのだろう?








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2011_1114_084458-DSC04732四角
ここ10年ほどにできた新しい造成住宅地の歩道には,このような四角なマンホールを見かける。タイル模様に溶け込んでいる。この下には丸い穴があるのだろうか?「おすい 流山市」と読める。










  1. 2011/11/21(月) 09:07:26|
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境界標識(3)

前回についで「敷地境界標識」です。今日は東武鉄道野田線とつくばエクスプレス(TX)線の「敷界」を紹介します。駅や踏切付近で見られます。TXでは高架部分の下の道路で見られます。

まずは東武鉄道の「界」標識。セメント柱だったものが金属の埋め込み型に変わってきているようだ。駅の建物や踏切の近くにある。普通に歩いていてはまず目につかない。駅や踏切では下ばかり見て歩いていては危険だ。
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つくばエクスプレス(TX)線の境界標識。見かけたものすべてがこの形態・形式だったが,八潮駅前では金色のを見た。












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JR武蔵野線三郷駅前で見つけた標識。JRはこれだけしか確認していない。敷界か鉄道用の里程標か不明。











  1. 2011/11/20(日) 08:08:28|
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境界標識(2)

「敷地境界標識」の内で,隣接する柏市・松戸市の境界点,流山市内を通る国道の境界線を示すものを紹介します。

左が松戸市の境界,右が柏市の境界。
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田の字型の標識だが用途はわからない。流山市域で見られるので,市境ではないようだ。左はコンクリート製,右はスチール製。
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「道界」「道界 建設省」と読める。国道6号線沿いの,歩道と民間の土地との境にある。
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「道路敷界日本道路公団」と読める。常磐自動車道沿いにある。上の「道界」は‘一般国道’用で,左が「高速道路」用かな・・・と勝手に解釈している。












◆次回は鉄道用地の境を紹介します。◆

  1. 2011/11/19(土) 07:30:25|
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境界標識(1)

土地の所有範囲を示すために様々な形態の表示がある。県・市・事業者など,流山市内で見つけた「土地所有の境界点」を探ってみた。

「千葉県」の境界標識。                        ご丁寧に2つ並んでいる。矢印の向きがビミョウ。
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柱状の方が存在感があっていい,と思う。右は,単に「建設省」としか判読できない。常磐道沿いで。
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田んぼの中にポツンと立っている。これも大事な区画を表す標識なんだナー。













以下は「流山市」の境界標識。
柱状の標識は減っているが,新しい住宅地でも見られる。存在感があっていい。

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新しく区画された住宅街などで見られる‘埋め込み型’の標識。これが流山市の‘市章’。右の写真の国道6号線に接する名都借の道角では,5連続標識を見つけた。なぜ5つも並べなければならなかったのか?
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やや新しめの標識。柱状のものと平板型の中間の型,だろう。いかにも‘鋲’を意識した作品になっている。
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左の写真は,柏市の街区基準点(左側の円形)と並んで,流山市の標識がある,ということは明らかにここが柏市と流山市との境界線ということだ。












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最も新しい形態の境界標識。「道路境界 流山市」と記されている。道路と住居の境ということか。光っているので目につくが,U字溝の隅だったり塀のギリギリ下だったりする。住宅地で多数見られる。区画ごとにあり,1軒ごとに置かれていることもある。最もよく見られる境界標識。













  1. 2011/11/17(木) 08:35:54|
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流山・点の記(12)

「流山・点の記」最終回
国道6号線沿いに次のような「基準点」がある。「3-NO.4」~「3-NO.8」。「NO.7」は未発見だが今度見つけます。また「NO.1」がどこにあるのかも探してきます。


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NO.4は,「東京から25キロポスト」から100m東に,NO.5はそこからさらに200m東に,NO.6はさらに250m東にあります。NO.8は「東京から26kmポスト」から100m東にあります。規則性がありそうです。そうすればNO.7は見つけられるはずです。
さらに規則性があります!奇数番号が国道の北側(東京から進むと左側)に,偶数番号が南側にあることです。NO.7は北側です!「25.8km」地点あたりにありそうです。推理は楽しい。

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基準点のある風景。右下に小さく見える丸いものです。見つけにくいです。ちょっと目をそらしたり,他に気になるものを見ていると見落とします。半分は偶然です。つい先日,いつもの歩きなれた道で,3級基準点を見つけました。交差点でいつも左右を注意しているせいか,足元に目がとどきませんでした。そのように人知れず大地の基準として踏ん張っている基準点が愛おしくなります。









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ここだけガードレールが壁式なっていて,加えてその一部がシースルーになっていました。景観に配慮したものでしょうか。












  1. 2011/11/16(水) 13:36:40|
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流山・点の記(11)

前回の1kmごとの標柱に次いで,100mごとの標柱を紹介する。すべて100mおきにはなっていないようだ。見落としがあるであろうことは残念だが,測量が目的ではないので許してほしい。

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場所は柏市の領域で,国道6号・南柏駅入り口。交差点の角で見つけた標柱。流山市境から30mほど柏市に入った所。高さ20㎝,直径10㎝,上部が半球状のもの。

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上の標識から100m東京寄りの,流山市域の「26.1km」地点。そして前回の「26km標柱」を過ぎて「25.9km」地点。
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次の「25.8km」地点ではステッカー式になっている。「25.7」「25.6」は確認できなかった。
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距離表示が車道側を向いている場合は,ガードレールから身を乗り出して撮影するのは怖い。ましてや車道に出ての撮影は絶対ムリ。勘を頼りに腕を伸ばして撮影したのが左の写真。右のように距離表示が歩道側から見えると安心だ。
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「24.5km」地点の風景。松戸市と流山市の境から約180m入った所。










  1. 2011/11/15(火) 07:12:33|
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