写真でつづる流山の道 2012年01月

写真でつづる流山の道

流山市内の道をすべて歩きました。道すがら目にしたものを写真で紹介します。流山市限定ですが、他の場所に共通するテーマもあるでしょう。あなたの地元を歩いてみませんか。

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(33)弁天様

「流山新100か所めぐり」第33番「弁天様
前回の地図でマーク②の場所です。


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                                      広い田んぼに埋もれてしまいそうにたたずんでいる祠。
                                      左方向が江戸川。


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手前の道を右へ行って馬坂を上ると流山街道の南丁字路,神明神社に出る。
背後の林は,大昔の江戸川河岸段丘で‘斜面樹林’と呼ばれている。


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2011年8月に再訪したら,どうやら祠が新しく作り直されていたようだ。













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  1. 2012/01/30(月) 06:53:24|
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(32)香取神社 《小屋》

「流山新100か所めぐり」第32番「香取神社」《小屋》

市内に7つある内の3つ目の「香取神社」です。流山街道沿いにありバス停もすぐ近くです。

地図では,今日の「32:香取神社」を①のマークで示しました。同じ地図の中に次の場所も併せて載せました。次回からもこのページに戻って参照してください。下[南]にスクロールして,⑤は今日の記事にも書きますが「ごまたきの道」です。番号の位置に標柱がありす。②は「33:弁天様」,③は「34:神明神社」,④は「35:西善院」です。



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鳥居の前には大きな切り株がある。樹齢千年,〝神木〟といわれている。右の写真は‘隋神門’。
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秋,イチョウの黄葉はきれいだ。
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左は,脇参道で流山街道につながる。
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2011_1210_135304-DSC05020.jpg本社の創建は古く日本武尊東征の頃己に鎮座せりと傳うと云い
ども徴證すべきものはなく奉仕者の記録や傳説によれば 称徳
天皇の御代神護景雲三年平國の功臣經津主命相殿に豊玉姫命を
祀り桐齋殿と称し后桐明神と改称せりという古来上下の崇敬厚
く殊に武將の信仰厚く源賴朝は下総の国府に入るや御神徳を聞
き家臣安達九郎盛長をして祈願せしめ亦奥州征伐の折盛長を遣
し祈願し凱旋の後文治五年十月報賽の為同人を修造使として社
殿を造営寄進したと云う亦永錄年中下総國大谷口城主下野守胤
吉公も尊崇厚く社領を献じ例祭巡視の折は必ず參拜幣帛を奉る
を例とし本社の分霊を城内に奉祀し武運長久を祈ったという
又文政五年郷主藤原利之等領主と相謀り官に請い桐明神の神号
改め香取大神宮と称し桐ケ谷七ケ村の総鎮守となせり 其の后明治
四年神佛は分離され香取神社と称し郷社に列せらるしかし世界
第二次大戰後元の香取神社となる 里傳に曰く賴朝の奥州征伐
の折戦勝を祈るや境内の桐の大樹の北枝が枯れ之北伐の吉報な
りと里人皆其奇験に感心し爾来桐製の下駄を用いるは神威をけ
がすと之を用いる者がなかったと云う 尚狛犬は足止めの狛犬
と呼んで近郷の信望が厚い


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下の写真をよく見てください。左の写真(2011.1.30)ではお地蔵さんは4体ですが,右の写真(2011.12.10)では6体になっています。道案内ご苦労様です。
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地図でマーク⑤の‘ごまたきの道’です。‘護摩焚き’から来ているのでしょうか。香取神社に向かってまっすぐ畑の中を無造作に通っています。
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  1. 2012/01/28(土) 07:54:58|
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(31)八坂神社

「流山新100か所めぐり」第31番「八坂神社

左,2010年4月14日撮影,右,2011年1月11日撮影。なぜこんなに汚れているのだろう?スギ花粉が付いているのか?
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つぎの2枚は,「100か所」には選定されていないが,同じ八坂神社ということで紹介します。TXセントラルパーク駅の西300mにある。
2012_0110_095718-DSC05630.jpg 2012_0110_095643-DSC05629.jpg 

  1. 2012/01/26(木) 07:10:20|
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(30)上新宿貝塚

「流山新100か所めぐり」第30番「上新宿貝塚(かみしんしゅくかいづか)」

地図ではマーク①が「上新宿貝塚」,②が次回紹介予定の「八坂神社」です。前回紹介した「金刀比羅神社」も右手に見えます。この地域は〝かみしんしゅく〟といいます。〝新宿〟は〝にいじゅく〟〝あらじゅく〟とか〝しんじゅく〟〝しんしゅく〟とか土地によって呼び方はいろいろです。(ヤヤコシイ!)
「100か所めぐNo.36」で予定している「上貝塚貝塚」をお楽しみに。




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写真の撮りようがなかったので4枚だけで勘弁してください。草が足にからみそうで,立ち入るのは勇気がいると感じたからです。
説明に‘海岸近くの’とありますが,縄文時代後期(4000年~2400年前)は,ここから西へ500mほどの所まで海だったそうです。

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2011_0122_134844-DSC02219.jpg 2011_0122_134922-DSC02220.jpg

  1. 2012/01/25(水) 08:30:16|
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(29)金刀比羅神社

「流山新100か所めぐり」第29番「金刀比羅神社

上新宿(かみしんしゅく※「しんじゅく」ではない)常磐自動車道北側沿いに鎮座する。向かいには「こんぴら緑地」の広場がある。またそこから北へ延びる道沿いに‘野馬土手’が見える。静かな畑や林に囲まれた一帯だが,高速道路の騒音がジンワリ耳に残る。



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現在拝殿の修理が進んでいる。左側の一段低い屋根が本殿。
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2011_1210_143319-DSC05047.jpgウゥ~ン・・・読めない! 2011_1210_143426-DSC05049.jpg柳澤清春像

境内右奥には‘公共基準点:2級’がある。
2011_0201_133038-DSC02252.jpg 2011_0201_133150-DSC02254.jpg

  1. 2012/01/23(月) 07:29:11|
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(28)八幡神社

「流山新100か所めぐり」第28番「八幡神社
位置は前回(No.27法栄寺)の地図をご覧ください。

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左:2010.7.14 撮影。 ・・・ 2011.3.11 東日本大震災 ・・・ 右:2011.4.12 撮影。鳥居が無残な姿になってしまった。
2010_0714_091859-DSC01389.jpg 2011_0412_142944-DSC02516.jpg

 2011_0412_142832-DSC02513.jpg 2011_0412_142845-DSC02514.jpg
                                 
                             社標は無事だったが,右手に見えるはずの鳥居の陰が見えない。
2011_0412_142916-DSC02515.jpg 2011_0412_143046-DSC02518.jpg

本殿や狛犬は大丈夫だったようだ。
2011_0412_142743-DSC02512.jpg 2011_1130_093540-DSC04914.jpg

2011_1130_093415-DSC04911.jpg2011(平成23)年10月吉日に新しい鳥居が建てられた。
(2011.11.30.撮影)




2011_1130_093319-DSC04909.jpg  

2011_1130_093433-DSC04912.jpg 2011_1130_093505-DSC04913.jpg 

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  1. 2012/01/22(日) 07:56:38|
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(27)法栄寺

「流山新100か所めぐり」第27番「法栄寺」(地図の1の場所)

地図では1の法栄寺と2(次回)の八幡神社を一緒に示します。


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                                       ここにはペットの納骨堂があるのだ。
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  1. 2012/01/20(金) 07:59:52|
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(26)鏑木学校発祥の地

「流山新100か所めぐり」第26番「鏑木学校発祥の地

地図のマーク地点にある,交差点の角に立つ石碑。
下方には,次回27・28回で紹介する予定の「法栄寺」と「八幡神社」が見える。




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流山市教育委員会が発行した「こんにちは流山・100ヵ所めぐりガイド」(A5判140ページ昭和60年第2版;現在絶版)には次のような記述がある。
『明治5年(1872)学制が敷かれ、民間の教育熱が盛んになった頃、駒木台を含め10ヶ村の人々は官立学校設立を希望したが、実現にまではいたらなかった。そこで当地の鏑木平馬・佐内親子は私財を投じて「鏑木学校」を設立して無償で子弟の教育に情熱を傾けることになる。教育に専念した平馬・佐内先生の威徳は厚く、深いものがあった。特に佐内先生は13年も教べんをとり続け、その業績を偲ぶところから、かつて教室のあった鏑木学校跡に「鏑木佐内先生碑」が数百人に及ぶ教え子たちの手によって、昭和5年3月25日に建立された。』


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左の写真は2010.7.27,右の写真は2011.11.30に撮影。ツツジの枝が広がって碑が見えなくなりつつある。


  1. 2012/01/18(水) 07:43:54|
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(25)香取神社《青田》

「流山新100か所めぐり」第25番「香取神社
全体の4分の1に来ました。市内2番目の「香取神社」は常磐道に近い柏市みどり台に接する青田にあります。


これからなるべく地図をだしましょう。


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                                      これが‘手児奈塔’なのかな?

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  1. 2012/01/16(月) 08:07:34|
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(24-c)野馬土手

「野馬土手」第4弾。きょうは流山市の北西から柏市に入った所で見つけた野馬土手を紹介します。流通経済大学付属柏高校の西側に300mにわたって延びています。みどり台の住宅地を抜けて畑地に出るあたりです。

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〝野馬堀(のまぼりorぬまぼり)〟がはっきりと残っている。
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流経大柏高校正門脇には,守り神よろしく「皇大神社」が鎮座している。この前は三叉路で交通量が多いので,車も歩行者も気をつけよう。
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以上で「野馬土手」を終わります。このような構築物があることをこれまで知りませんでした。青木更吉氏の著書をはじめ多くのウェブサイトなどで知った次第です。ありがとうございました。まだ野々下やほかの地域にもあるようです。また現地を訪れて映像をお届けします。

  1. 2012/01/15(日) 07:46:22|
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