写真でつづる流山の道 2012年03月
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写真でつづる流山の道

流山市内の道をすべて歩きました。道すがら目にしたものを写真で紹介します。流山市限定ですが、他の場所に共通するテーマもあるでしょう。あなたの地元を歩いてみませんか。

(63)今上落-2

「流山新100か所めぐり」第63番―2「今上落(その2)」

きょうは下流に向けて江戸川へ合流する所まで進みます。地図は前回のものを見てください。

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「千葉県湛水(たんすい)事業流山排水機場」というイカメシイ施設がある。東葛病院裏。

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「富士橋」は観光地図にも記載されている。ここと尼谷橋の他に名前が付いている橋があったっけ・・・ちょっと記憶にない・・・地図では④のマーク位置

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コンクリートのない川本来の姿がここにある。カワセミが来るとのうわさを聞いたことがある。

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いよいよ今上落川の終点が近い。

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このトンネルを抜けると江戸川だ。--------雄大な江戸川に出る。今上落川はこの江戸川と同じ〝1級河川〟?!

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“記念燈”。舟運が盛んだったころは〝灯台〟の役目をしていたことだろう。地図では⑤のマーク位置
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  1. 2012/03/20(火) 08:25:35|
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(63)今上落-1

「流山新100か所めぐり」第63番「今上落

「今上落」をどう読みますか?「キンジョウラク」「イマジョウラク」・・・これは「イマガミオトシ」と読むんです。運河北側にある野田市の‘今上(イマガミ)’という字名に由来します。「今上落し」と‘し’を付けてくれるだけで読みやすくなりますが,これでも「キンジョウオトシ」とも読めます。「今上落川」とも表記します。“落とし”は“流す”という意味でしょう。排水を江戸川に流すために作られた川です。しかしこれは〝一級河川〟なんです。ガイドブックには〝一級河川に認定された排水路〟と書かれています。実際見てみると『エッこれが一級河川?』という感じをぬぐえません。しかし田の水と格闘する人々を思うと,納得します。
たくさん写真を撮りましたので2回に分けて紹介します。第1回は,利根運河河口の南にある〝起点〟【地図中で①のマーク位置】から中流までを紹介します。当初はこの今上落川は,利根運河の下に樋管を通していたそうです。〝水路の立体交差〟を作るなんてスゴイと思います。


次回にもこの地図を使います。きょうはマーク①②③を取り上げます。



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「100か所めぐり」の説明板がないので,これで代用します。左は東葛飾土木事務所作成,右は東葛飾地域整備センター作成。

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利根運河土手から南を見たところ。ここが起点。本来は運河の下をくぐっていたのだがその様子は見えない。土手を下りるとこの風景。この細い〝水路〟が一級河川?
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南へ進むと何やら造成工事中。一級河川がパイプの中を通っている。
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『いつもきれいにしてくれてありがとう 今上落より』とある。川を擬人化しているのは優しい。設置は千葉県東葛飾地域整備センター
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〝屋敷神〟を祀る横を流れる。
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護岸整備されている箇所もある。地図の②のマーク箇所がこの水門。
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すべてコンクリート製の橋の中で,これだけ(右以下の5枚)が木造のままだ。尼谷の渡しの近くなので“尼谷橋”と名前が付いているらしい。地図マーク③
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個人のお宅用の橋のようだ。歩くと板がしなる。(原版を縮小しすぎてしまって元に戻らないのでご勘弁を)

  1. 2012/03/19(月) 08:55:34|
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(62)大杉神社

「流山新100か所めぐり」第62番「大杉神社



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2010_0527_144244-DSC01081.jpg住宅に挟まれて〝脇参道〟がある。
“加村総鎮守 大宮神社遥拝所”とある。
ここから南東方向(写真で右ななめ奥方向)直線で800mほどのところに「大宮神社」がある。右手の祠は水神様。



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羽団扇(はうちわ)の紋章。                     旧道沿いに見られる〝流山名物 道より低い建物〟。
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                                      ‘NPO流山史跡ガイドの会’主催のツアーに参加した時。


  1. 2012/03/18(日) 07:38:25|
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(61)葛飾県印旛県庁跡

「流山新100か所めぐり」第61番「葛飾県印旛県庁跡」《TOP30-17》



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記念碑は図書館・博物館に行く急な坂道の左上にある。下を見ていると見えない。鏡面仕上げのため反射の影響でなかなか良いアングルが決まらない。
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記念碑は図書館の角左手に向こう向きに建てられているのだが,手前のスペースにこちら向きに建てたらよかったのに・・・と思う。
2012_0115_092023-DSC05725.jpg葛飾県 印旛県史跡について
 元和二年 田中藩本多家の祖正重は 数々の戦功により家康から下総一万石を拝領した この地はその飛地領の一部であった
 文久三年六月 本多家十二代の正訥はここに陣屋を建設し 同年九月 江戸深川扇橋下屋敷の藩士を移住させ 飛地領の管理に当らせるに至った
 明治元年十二月葛飾県が誕生し仮役所が東京薬研掘に置かれた 翌二年正月 本多藩は安房国長尾に国替となったため この地を県庁に定め 同月十八日に移転 三月に御用始めを行った その後 明治四年府県の統廃合により印旛県が誕生し 引き続き明治六年千葉県に統合されるまで 県庁としてこの地が行政の中心舞台となったのである
 流山市は この地に市制十周年を記念し 流山市郷土資料館を建設するに際し 県の補助を得て史跡顕彰の碑を建立した
   昭和五十三年三月二十日 
   流山市長 石塚 健

博物館開設に当たっては,永井仁三郎・相馬大作・関良助の功績が大きかった。

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【市立博物館の展示解説文;画像はありません】
県庁が置かれる
 明治になると、元幕府領や元旗本領は、知県事(ちけんじ)が支配することになりました。流山市域では、木村は武蔵知県事、ほかの村々は下総知県事の支配となりました。
 そして、明治2(1869)年にそれぞれ小菅県と葛飾県となります。葛飾県は、現在の茨城県と埼玉県の一部を含み、県庁は江戸川沿いのために交通の便がよく、栄えていたこの地に定められ、加村にある空いていた田中藩本多家の下屋敷が使用されました。
 明治4年、葛飾県を母体として印旛県が誕生します。さらに明治6年に千葉県となりますが、それまで一時(いっとき)を除いてこの地に県庁が置かれていたのです。


【以下の画像は,「流山市立博物館調査研究報告書23 子ども向け展示ガイド 博物館でタイム・トリップ」(平成18年3月 流山市立博物館発行)P.40からコピー引用しました】
〝子ども向け〟の解説はとてもわかりやすいのです。

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  1. 2012/03/17(土) 09:24:50|
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(60)六部尊

「流山新100か所めぐり」第60番「六部尊



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市立図書館・博物館入り口の脇にたたずむ。

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祠の右には
南無六部尊(?)奉拝司 ((?)の文字は〝耳へんに呈〟)
と書かれている

石碑には
奉納大乗妙典日本回国供養塔
と彫られている






  1. 2012/03/16(金) 07:18:27|
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(59)流鉄流山線-3

「流山新100か所めぐり」第59番「流鉄流山線」第3回は車両紹介の2回目です。

きょうは〝青空号〟〝若葉号〟〝流星号〟と,運転席(または車掌室)からの眺めを紹介します。これらの車両はどこかで見たことがあるという人はいませんか?
車両は西武鉄道から購入したものです。


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〝青空〟                                           〝青空〟
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手前〝若葉〟,奥〝なの花〟                                〝流星〟

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上の写真は2011年6月のものですが,下の2枚は2010年3月に撮影したものです。車体の作りが違っていますが詳しいことは調べていません。
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流山駅を出発したところ
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平和台駅
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                                       小金城址駅
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坂川の鉄橋を渡る                            鰭ヶ崎駅
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車窓の風景                              平和台駅を出たところ
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平和台駅を出たところ                         終点流山駅

  1. 2012/03/15(木) 07:13:47|
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(59)流鉄流山線-2;なの花号・流馬号

「流山新100か所めぐり」第59番「流鉄流山線」の第2回;車両紹介--なの花号と流馬号

前回に続いて流鉄です。今回は車両の紹介の1回目で,〝なの花号〟と〝流馬号〟を紹介します。

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車庫右奥に見えるのは〝若葉号〟です。
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ここからは〝流馬号〟です。〝山〟と〝橋〟を結ぶから〝流馬(りゅうま)〟です。
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車両側面の白いジグザグの帯模様は,agareyamaのをデザインしたものです。他の車両も同じです。

次回は〝青空号〟と〝流星号〟そして運転席からの眺めを紹介します。

  1. 2012/03/14(水) 07:37:04|
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(59)流鉄流山線-1;流山駅

「流山新100か所めぐり」第59番「流鉄流山線-1;流山駅」《TOP30-13

流山を代表する鉄道です。開設の経緯から‘町民鉄道’と親しまれています。流山市役所のある「流山駅」から常磐線「馬橋駅」を結ぶ鉄道です。詳しい話は北野道彦著『総武流山電鉄の話-「町民鉄道」の60年』(崙書房ふるさと文庫009;¥1000+税)をご覧ください。〝ちい散歩〟にも登場しました。
古くは「総武流山電鉄・流山線」だったが,2008年8月「流鉄・流山線」という名称になった。
流山市民でも乗ったことがない人は多いでしょう。特に市北部の人はまず利用することがないからです。散歩がてら出かけてみることをおススメします。TXセントラルパーク駅から徒歩15分,武蔵野線南流山駅から鰭ヶ崎駅まで10分歩いて電車に乗るのもいいですね。
なおこの記事は3回に分けて紹介します。きょうは流山駅舎を中心とした風景の紹介です。




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房総の魅力500選  千葉県
「房総の魅力500選」は、昭和58年に千葉県の人口が500万人に達したのを記念し、魅力あるふるさとづくりの一環として昭和63年1月に選定されたものです。
総武流山電鉄
大正2年(1913)、町民116名の出資によって、流山軽便鉄道株式会社を設立。
大正5年(1916)、馬橋駅と流山駅の間を結ぶ5.7キロメートルで営業を開始しました。
人びとの暮らしと密着した交通機関として親しまれています。


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平和台駅横の踏切。路面電車のようだ。

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駅舎内。手渡す切符の感触がいい。SUICAやPASMOは使えない。

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小金城址駅(松戸市;画面奥)と平和台駅間の坂川にかかる鉄橋を渡る。合流するのは新坂川。

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線路はつづくよ・・・

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平和台駅

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鰭ヶ崎駅


  1. 2012/03/13(火) 07:38:39|
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(58)春山寺

「流山新100か所めぐり」第58番「春山寺



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‘精密水準点’がある。











  1. 2012/03/09(金) 09:44:33|
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(57)山王神社

「流山新100か所めぐり」第57番「山王神社



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右の写真は,物置を撮影したものではありません。左手の‘公会堂(古間木自治会館)’と右手の‘大師堂’を狙ったのです。

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公会堂内にある千手観音菩薩像は見えませんでした。

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周辺の道路が造成工事中で,山王神社前も風前の灯といった様相を呈しています。今後どうなるのか見届けたいです。それと同時に愛染堂や天神社のように,移転するなり改築するなり,なにか手を施した方が良いのではないかと,一市民は心配するのです。そして千手観音を拝みたいものです。










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‘江戸川八十八か所 第六十三番’大師堂の方が立派です。

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「山王神社」前の道路。左の写真では,突き当たりはどうなるのでしょうか?その反対方向に延びる道は?

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近くで“古間木山王第Ⅱ遺跡”の発掘調査が行われていました。まだ出土品等はないそうです。

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                                      背後の赤い建物は‘流山市生涯学習センター’。
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2012_0307_102111-DSC06682 パノラマ写真

  1. 2012/03/08(木) 08:51:46|
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