写真でつづる流山の道 2012年06月

写真でつづる流山の道

流山市内の道をすべて歩きました。道すがら目にしたものを写真で紹介します。流山市限定ですが、他の場所に共通するテーマもあるでしょう。あなたの地元を歩いてみませんか。

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山海坊神 《前ヶ崎》

‘流山市観光マップ’に記されていなかったら絶対に見落としていたであろう路傍の祠「山海坊神」。
3枚の写真をお見せするのが精一杯です。




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前ヶ崎の東消防署の北にある。祠は道の合流点にあるのだが,木陰の中で見つけにくい。『元禄七年 聖火山海行者不生□』(最後の文字は判読不能)とある。“山海行者”を祀ったものか?











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  1. 2012/06/30(土) 07:33:34|
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ビリケンさん 《東深井》

利根運河ほとり,運河橋のたもとに「ビリケンさん」がいます。個人の所有かもしれません。
台座には「福之神」と記されていますが,両足を投げ出した姿は「ビリケンさん」ですよね。
隣の社[祠]の由来はわかりません。




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夏の日差しを浴びてのんびりと中空を眺める姿には癒されます。
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                                     運河橋北端,運河水辺公園に向けて西へ入る角にあります。

5月の柔らかな風の中,通る人をながめています。
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12月24日,暮も近くなってお供え物が添えられました。
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雪の日も穏やかな表情は変わりません。
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  1. 2012/06/28(木) 07:36:34|
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長栄寺 《十太夫》 【追加】

2012年6月21日に投稿した「長栄寺;流山豊四季霊園」は不十分でしたので,追加して再度紹介します。こちらのほうが‘正門’から入る風景です。
“流山全道踏破”の段階では“道の風景”としてあまり意識しなかったと思われます。改めて流山の文化という視点から見逃せないと考えました。


①が正門,②が本堂


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「江戸川八十八ヶ所 第三十一番札所」になっている。

2012_0624_092912-DSC08621.jpg弘法大師【大師像石碑解説】
弘法大師空海(774-835)宝亀五年(774)六月十五日父佐伯直田公母阿刀氏として生れ承和二年(835)三月二十一日高野山に入定する 儒教道教仏教の生き方を比較論じた「三教指帰」を著し出家の意志を宣言する
延暦二十三年(804)入唐し唐朝三代の国師恵果阿闍梨(746-805)から密教のすべてを相承し多くの新訳の経典と密教法具を請来し大同元年(806)に帰朝する その教えは自らの宝に気付き自己の確立を目指す理念と実践道を明らかにされた 
願文(高野山万燈会願文)
虚空尽き 衆生尽き 涅槃尽きなは 我が願いも尽きなん
南無大師遍照金剛 合掌礼拝











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こちらが「長栄寺本堂」

  1. 2012/06/25(月) 07:35:00|
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南小学校発祥の地 《南》

流山街道沿いの神明神社斜め前あたりに「南小学校跡地」を記す石碑が立っている。石碑よりも赤茶色の木造建物のほうが目立つが,こちらは地蔵堂。
浄観寺境内にある「深井小学校跡地」や常与寺が「千葉師範学校発祥之地」だったことと合わせて,教育に対する情熱が伝わる場所です。




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『新川小学校発祥の地 南小学校跡地 明治六年四月開校』
現在の「新川小学校」はここから北へ1kmほど行ったところにある。


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『昭和五十八年十一月吉日建之 新川小学校創立百十周年記念事業 実行委員会』

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「不動堂」

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『江戸川八十八ヶ所 第三十六番』札所となっている。

  1. 2012/06/23(土) 11:12:58|
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長栄寺(豊四季霊園)《十太夫》

長栄寺」よりも「豊四季霊園」のほうが通りが良いのではないか?つくばエクスプレス線流山おおたかの森駅ができる前までは,〝林の中にある墓地〟という印象だったが,いまやTXの高架脇に広がる墓地は明るさに満ちている。大きな十一面観音像がおおたかの森駅ホームからも見える。2012年6月現在〝客殿〟が新築工事中だ。(本堂も含むのかな?)
マーク位置が霊園入口


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  1. 2012/06/21(木) 07:39:03|
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淡柄宮 《上貝塚》

淡柄宮」は個人の〝屋敷神〟として祀ってあるのだろうか?そんな感じがする。また読み方がわからない・・・‘たんへいぐう’?‘たんぺいぐう’?‘あわえのみや’?・・・地図には載っている。

下の地図で,①が「淡柄宮」,②は「上貝塚貝塚(100か所めぐり第36番)」


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この2枚の画像に見える,鳥居下の路傍に置いてある白っぽいものは,石灯篭の笠の部分だ。上の最初の画像(2011年2月24日撮影)と比べるとわかる。ここにも東日本大震災の痕がうかがえる。下の最後の画像ではよくわかる。【特に震災のことを考えて撮影したわけではない】

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  1. 2012/06/19(火) 07:45:03|
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浄栄寺 《桐ケ谷》

浄栄寺」は廃寺となったのか,その場所には観音堂があるのみです。市内の坂を紹介した中で(2011年10月23日投稿)「浄栄寺の坂」という名前が残っているようなので,その昔には栄えたお寺だったのでしょうか。



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観音堂
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“江戸川八十八ヶ所札所 30番”となっている。                浄栄寺の坂

  1. 2012/06/17(日) 07:19:07|
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真城院 《平和台4丁目》

真城院」は「新100か所めぐり」にはないが「旧100か所めぐり」に第18番として登録されていました。昭和60年発行の「こんにちは流山 100ヵ所めぐりガイド」p.31に掲載されている内容を転載します。

『真城院は、光明院を檀那寺とする西平井地区の〝りょう〟である。アスファルトの通りから、新四国八十八ヶ所の石塔に導かれてじゃり道を入ってゆくと、十九夜塔、聖徳太子、六地蔵などの石造物群が、ひっそりとたたずんで迎えてくれる。建物はふだんは閉められているが、お念仏の婦人たちが寄り合う時には開けられる。中には、聖観音像、不動明王像、弘法大師像などがある。すすけた欄間(らんま)の装飾彫刻は、かつてあった建物が焼失した時、燃え残ったものをそのまま用いたという。もし残っていれば立派な建物であったことを彷彿とさせるものである。』
※〝りょう[寮]〟は,僧が修行する〝堂〟とは区別して,僧の居住の建物。学校などの〝寮〟に通じる。




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前方右手へ行くと5分ほどでセントラルパーク駅に着く。   「旧100か所めぐり」の説明板だが,かすれていて全く判読不能。

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境内はジャリを踏む音だけが響く。
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  1. 2012/06/16(土) 08:00:52|
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香取神社 《野々下1丁目》

野々下1丁目のJAとうかつ中央流山経済センター近くにひっそりとある「香取神社」を紹介します。



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  1. 2012/06/15(金) 07:16:32|
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成顕寺にある稲荷神社

駒木にある「成顕寺」には「稲荷神社」がある。神仏習合の状況がわかる。その神社の名前なのだが,社標に彫られている名前が“妙”に次ぐ字が“帚にシンニュウ”という字なのだ。読み方がわからない!成顕寺に聞けばいいのだが,まだ・・・
石碑などに書かれた漢字が読めないのは実に情けない。現在では使われていない漢字もあり,古典の素養がないとだめみたい。




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2本ある参道の左手を入るとすぐ「稲荷神社」はある。“妙?稲荷大明神”--“?”の部分には“帚にシンニュウ”という字。

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左手に稲荷神社があり,正面に進むと成顕寺境内に入る。

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『妙法諏訪霊王 東京 四構』の碑。
  1. 2012/06/14(木) 08:12:21|
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