写真でつづる流山の道 2014年10月

写真でつづる流山の道

流山市内の道をすべて歩きました。道すがら目にしたものを写真で紹介します。流山市限定ですが、他の場所に共通するテーマもあるでしょう。あなたの地元を歩いてみませんか。

流山発見;緊急報告!

緊急報告!「三本松古墳」が丸裸に!
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2012年2月5日に撮影した「三本松古墳」。「古冢碑(こちょうひ)」と「稲荷祠」は林に包まれている。

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石段のある〝入口〟の様子がこうなりました。左が2012年2月5日,右が2014年10月3日。

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〝頂上〟にあった林はきれいに伐採され,これぞ〝丸裸〟!

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〝頂上〟からのパノラマ。上が東方向,下が西方向。こんな風景は以前は見えませんでした。
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下を見下ろすように立つ「古冢碑」と「稲荷祠」。2012年4月19日の当ブログをご覧ください。

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木々はバッサリと切られ,下からの眺めは造成地を思わせるような格好です。

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「前方後円墳」の「文化財」とはいっても,下に住んでいる人にとっては危険地帯と言わざるを得ない。
今後どうなるのでしょうか?

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「流山市史研究・創刊号」(1983年7月)に掲載されている実測図。上が東。
平成13年1月に流山市教育委員会による測量。
■「古冢碑(こちょうひ)」が正しいが「古塚碑」という表記も見られる。
  「100か所めぐり」の解説板には「こづかのひ」となっているが,「流山市文化財マップ」では「こちょうひ」としている。
  「」は「」と同義のようですが,特に「大きい墓や神を祀る丘」を意味するようです。


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  1. 2014/10/31(金) 08:34:56|
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流山発見;いしぶみ(4)

きょうも一色勝正氏による調査を使わせていただきます。月刊タウン誌「流山わがまち」(1980.9月号)に掲載されている記事から,めずらしい庚申塔を紹介します。西深井の工業団地近くの畑の中,個人のお宅の庭先にそれはありました。
一色氏によると,これは〝足治し庚申〟と呼ばれているもので,〝酒を竹筒に入れて祈願すれば足の怪我が治るという〟もののようです。私が訪れた際に,ここのお宅の方に伺ったところ,そのことを知らずにびっくりしておられました。
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『元禄三』に続く字は『庚午(かのえうま)』と読めるような・・・「庚申塔探訪」を見ると,やはりそうでした。干支表で見ると元禄三年は庚午にあたります。庚申(かのえさる)ではないようです。でも建立された日付が「庚申」だった可能性はあると思います。

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『奉造立庚申待二世安楽□(=脩の偏に枚の旁を書く字』・・・「庚申塔探訪」を写しました。

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高さ125センチ,裏面には何も書かれていません。
見に行く場合は必ずお宅の方に声をかけてから行きましょう。
近くの道端には12基もの庚申塔が並んでいます。
その道の反対側に当たります。













  1. 2014/10/24(金) 07:49:28|
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流山発見;いしぶみ

昨日ご紹介した「庚申道標」を〝新発見〟としましたが,実は一色勝正氏が「流山わがまち」というタウン誌に紹介されていたものを拝借したものです。一色氏の名誉にかけて訂正させていただきます。私の気持ちの中では『庚申塔探訪』に記載されていないことに対する〝新発見〟というつもりでした。現に東深井に2か所ある「庚申道標」が記載されているのに,野田市境のものが載っていなくて残念だ,という気持ちです。
また,地図によっては,この庚申道標の場所が野田市になっています。2メートルほど北にある電柱には「西深井」の地名があるのですが,実際は野田市のものなのかもしれません。
「庚申塔探訪」に載っている他の2つをご紹介します。他にもまだあると思います。

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「文政五年(1822) 右 野道」と読める。    「左 布施 成田」と読める。

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東深井(東深井子どもの遊び場近く)三角庵墓地前の分かれ道。 正面には「青面(しょうめん)金剛」とある。

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「左 の田 きの崎 みち」と読める。    「右 なりた ふせ」と読める。
右・左がどっちを指すのかよくわかりません...移設されたのかな?

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運河駅近く,流山街道沿いの「つたや書店」前にある。昔の「志ん橋寿司」は今はない。消火栓の赤い柱が目印。


  1. 2014/10/19(日) 08:24:10|
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流山発見;いしぶみ

前回の〝有名な〟庚申塔に次いで,〝珍しい〟庚申塔を紹介します。
庚申塔と道標が一体となったもので,上部に方位が記されているのは,流山市内では唯一です。
地図を貼りつけることができません。言葉で言うと『利根運河の江戸川河口から東へ1kmほどのところに「水管橋」という水道管専用のパイプが見えます。すぐ脇に歩道橋がある地点です。その北側の坂を下りきった道の左角にある電柱の横にあります。道の反対側は野田市になります。』
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草に埋もれていた所をかき分けて撮影しました。
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位置がわかるように撮ったつもりですが・・・
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「南面」:下総國葛飾郡 西深井村 とかろうじて読めます。「北面」:安政七 如月庚申 と読めます。どちらも,「右」「左」の指し示す土地名が判読できません。どなたか助けてください。
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「西面」:まったく判読できません。         「東面」:大きく 庚申 と書かれています。
一応「庚申塔」に分類されるかと思うのですが,「流山市立博物館調査研究報告書24 流山庚申塔探訪」には登録されていません。ヒョットして新発見!?


  1. 2014/10/18(土) 08:07:09|
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流山発見;いしぶみ

3週間もの間更新できませんでした。いろいろ忙しくて...
サテ,浅間神社の石碑群で止まっていましたが,きょうからは「いしぶみ」と題して,流山市内に見られる庚申塔や道標の中から,特徴のあるものを選んで紹介していきます。きょうは,下花輪のクリーンセンター近くの神明神社境内にある石塔を見てみましょう。流山街道に面して同じ名前の神明神社があるので,間違えないように...
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これは,一色勝正氏による「やさしい野仏散歩」(タウン誌:わがまち流山)という連載記事で知りました。「流山庚申塔探訪」(流山市立博物館調査研究報告書24)で確かめたところ以下のことがわかりました。
驚いたことに,「探訪」では『庚申塔ではないが庚申信仰の要素がある石造物』となっているのです。台座に〝三猿〟がいるのですが庚申塔とは断言していないのです。それに碑面に〝庚申〟とか〝青面金剛〟とか書かれていません。その代わりに上部に〝天女〟がレリーフされていることが特徴でしょう。一色氏は〝飛天庚申〟と名付けています。書かれている文字は「探訪」を見てください。どうやら〝十九夜念仏講〟のようです。延宝七年(1679)建立です。研究者の間では有名だそうです。

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同じく神明神社にある,貞享四年(1687)建立の庚申塔です。これは紛れもなく庚申塔なのですが,この時代には彫像型が多いのに,これは文字塔だということです。様式が異なる点で有名だそうです。




























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驚きの第二弾!なんとこの鳥居も庚申塔なのです!
「探訪」によると『庚申信仰の願文があるので庚申塔と分類した』とあります。ナルホド。

イヤー,330年前の人々の気持ちに触れると,今の自分をさまざまに考えてしまいますね。






  1. 2014/10/12(日) 08:54:29|
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