写真でつづる流山の道 2015年03月

写真でつづる流山の道

流山市内の道をすべて歩きました。道すがら目にしたものを写真で紹介します。流山市限定ですが、他の場所に共通するテーマもあるでしょう。あなたの地元を歩いてみませんか。

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流山発見:飛地山

流山市役所隣の「飛地山」が丸坊主になってしまいました。
以前紹介した「三本松古墳」も丸坊主。〝発展〟の名のもとに〝丸坊主〟が増えています。
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上:2011年6月に撮影。こんもりとした森が「飛地山」です。
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上:2015年1月に撮影。流山駅舎の趣までなくなっているようです。
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2015年1月13日撮影。山の左手のビルが流山市役所です。下には流鉄流山駅があります。
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2015年2月3日撮影。これらの写真は貴重になります。ここに14階のマンションが建つらしいです。
市役所が新築されるわけではないようです。
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  1. 2015/03/26(木) 07:36:20|
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流山発見;行灯最新情報

新しくできた2つのお店に新しい行灯もできました。
市役所入口の交差点近くにできた「ビストロ EIZEN」。〝塩分1.8グラム以下の料理〟が魅力です。管理栄養士の店主さんが〝真空調理法〟で旨みを出して調理しています。塩分1日6グラム以下を実践している当方にとっては、またとないレストランです。先日TV「駆け込みドクター」で紹介されていました。

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EIZENから広小路へ100m足らずの所に、最近オープンした〝スープカリー〟の「あんばせ屋」。北海道で人気のカリー専門店です。
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あんばせ」というのは函館弁で「行ってみるか!」を意味するそうです。『きょうはスープカリーへあんばせ!』
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「あんばせ屋」の以前の姿は下のようでした。築100年の「広小路山崎薬局」という薬屋さんでした。
内部の改装が大変だったと聞きました。

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  1. 2015/03/23(月) 08:01:55|
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流山発見;横丁

工事中だった「八つ橋横丁」が新しくなりました。
市の花・ツツジを植栽した、こぎれいな横丁に生まれ変わりました。キッコーマン・ミリン工場が土地を提供し、なおかつ塀も新しくしててくださったのです、ありがとうございます。無粋な工場の建物しか目に入らなかった横丁で、足元に花が咲くというのは、昔の童謡にあったように、『靴が鳴る』といった心境です。
八つ橋米店も喜んでいることでしょう。

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  1. 2015/03/20(金) 07:59:12|
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流山発見;横丁

17の横丁を探訪してきました。地図上に名称をまとめてみました。
ピンク色が旧流山街道「本町通り」で、昭和38年まで県道でした。薄緑色が、本通を〝表〟と考えて「裏道」。その後東側に現在の幹線道路「新県道」ができたので、旧道と新道に挟まれた格好から「中道」とか「中通り」と称しています。
横丁の名称はほとんどが当ブログ投稿者が勝手に名付けたものです。「こんな試みはいかが?」といった気持から付けました。御批判・ご意見をお寄せください。




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  1. 2015/03/16(月) 08:09:58|
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流山発見;横丁

いよいよ「横丁」の最終編!全部で17本の横丁を見たことになります。
流山本町の一番南に位置する「横丁」は,名付けて「丹後(たんご)の渡し横丁」。その昔江戸川には橋はなく,渡し船で交流していました。その渡し場跡がここです。埼玉県・三郷市側にある「丹後」にちなんだ名前です。昭和10年に旧流山橋を建設する際には〝丹後橋〟とするか〝丹後流山橋〟とするか〝流山橋〟とするか両者が協議したそうです。その中で『丹後村は欄干に沿革を記し,流山町は橋に通じる道路の修築費として五百円を丹後村に寄付すること』となり『流山橋』に決まりました。渡しの経営は,当初は丹後村が行っていましたが,後で流山町が運営したという経緯を踏まえての判断だったのでしょうか。ともあれ,現在の流山橋は昭和40年に造られたのですが,もう50年経ちます。大型車が通ると〝揺れ〟ます。〝今ここで地震があったら・・・〟といつも覚悟を決めて通ります。

「流山寺」の2本南の道路です。分岐はさらにその南,細くなっている所です。
拡大すると「旧流山橋」の橋脚が見えます。



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今まで見てきた横丁で一番短いものです。
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「丹後の渡し跡」の標柱。
上が流山市側にあるもので,下が三郷市側の堤防に立つ標柱です。奥のこんもりした森が「赤城山」です。
ここでチョット突っ込みを...。
この渡し場跡の標柱ですが,流山市では川を背にして町を眺めるように立っています。一方三郷市では川を眺める位置に据えられています。「渡し跡」の標柱の設置形態はどちらがふさわしいでしょうか?あなたならどちらの形態にしますか?

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丹後の渡しを渡って流山に〝上陸〟した人は,左手の「本町通り」を北へ進み,買い物なり諏訪神社詣でへと行きます。あるいは地元の人は右手の「裏道」を通って家路につきます。堤防の改修等でこんなクランクになっていますが,往時はもっと自然な形で分岐していたのでしょう。
画像処理がヘンになり,見苦しくなってすみません。

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  1. 2015/03/08(日) 08:55:41|
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流山発見;横丁

「横丁」探訪もいよいよ終盤を迎えました。
曹洞宗の流山寺(りゅうさんじ)の角を通る横丁なので「流山寺横丁」と命名してみました。




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右手が「洞雲山 流山寺」。突き当たりが江戸川堤防。
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横丁の中ほどに「旧正覚寺(跡)」があり,「新四国江戸川八十八ヶ所札所第十五番」の大師像が祀られています。
左手の石造を左回りに一回りすると,〝一番〟から〝八十八番〟まですべてを回ったと同じ御利益がある...そうです。

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  1. 2015/03/05(木) 08:16:15|
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