写真でつづる流山の道 (6)三社大神

写真でつづる流山の道

流山市内の道をすべて歩きました。道すがら目にしたものを写真で紹介します。流山市限定ですが、他の場所に共通するテーマもあるでしょう。あなたの地元を歩いてみませんか。

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(6)三社大神

「流山新100か所めぐり」第番「三社大神

前回の「浄観寺」から南西に200mほどの所にある。

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写真上:本殿には‘阿波本宮 大杉神社’と掲げられている。

写真左:「村社三社大神」の標柱

















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『三社大神の御由緒
 当宮の創建は神社明細帳によれば、万治二(西暦一六五九)年正月と伝えられております。御祭神の伊耶那美命(いざなみのみこと)は伊耶那岐命(いざなぎのみこと)と共に国生み、神生みをなされた女神であられ、大宮比咩命(おおみやひめのみこと)は、天照大御神(あまてらすおおみかき)の御前に使え、善言美詞をもって君臣の間を和楽せしめる女神とされます。また、蛟蜩比咩命(みつちひめのみこと)は、蛟蜩(みつち)に山川や木石などの精気が姿を現した角の無い龍の意があり、式内社に比定される茨城県利根町の蛟蜩神社の御祭神が、水の女神の罔象女神(みつはのめのかみ)であることからも伺えるように、自然の恵みと人々の融和に御神徳のある三柱の大神様を、万葉集にも歌われた葛飾早稲の産地とされる西深井の先人が、三社大神として御祀り申し上げたものと解されます。
 その後、大正九年八月十一日、誉田別尊(ほんだわけのみこと)を御祭神とする旧村社八幡大神を合祀申し上げましたが、尊は武勇に優れ、その御代には文学・工芸・美術が大いに発展した、文武両道に御神徳のある大神様であられます。
三社大神は今日まで、西深井の氏子の皆様を始め、多くの崇敬者の方々の深い信仰を集めております。     平成九年十月十八日     宮司 宮崎 等 撰文 』

                              ※「蜩」の漢字は正しくは,虫偏に罔と書く。



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飯綱権現像を刻んだという「秋葉塔」は確認できなかった。













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  1. 2011/12/12(月) 09:23:38|
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