写真でつづる流山の道 (7)安蒜家板石塔婆

写真でつづる流山の道

流山市内の道をすべて歩きました。道すがら目にしたものを写真で紹介します。流山市限定ですが、他の場所に共通するテーマもあるでしょう。あなたの地元を歩いてみませんか。

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(7)安蒜家板石塔婆

「流山新100か所めぐり」第番「安蒜家板石塔婆

西深井小学校の前,安蒜家墓地の中にある,石で作られた塔婆[卒塔婆]で,千葉県の有形文化財(建造物)に指定されている。
ところで,「安蒜」の読み方は?・・・「アンビル」です,念のため。


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市立博物館にはレプリカが置かれていてそのの解説によると『正和四年(1315)と元亨二年(1322)に作られた,通称「板碑(いたび)」で,緑泥片岩でできていて,武蔵型板碑の典型的な型式を示している。上部には弥陀・観音・勢至の三尊を,下部に光明真言(こうみょうしんごん)の梵字が彫られている』ということがわかります。

現地の解説板(上の写真)には以下のように記されています。


安蒜家板石塔婆  二基
 板石塔婆(板碑(いたび))は、鎌倉時代から戦国時代にかけて、全国各地で造られた中世の供養塔です。
 流山を含めた関東地方には、主に埼玉県の秩父地方で産出される緑泥片岩を扁平に加工した、武蔵型板碑と呼ばれているものが多く分布しています。
安蒜家の板石塔婆二基は、鎌倉時代末期に造られた武蔵型板碑で、ともに高さ一二四センチ、幅三一センチと中型の板碑です。
碑面には左図のような仏や経文を表す梵字や、造立年月日などが刻まれています。

【縦書きを横書きにして表しました。左が上になります。カッコ内のカタカナは振り仮名,□部分は欠損箇所です。】

(キリーク)       観音(サ)    (光明真言)
阿弥陀如来(蓮座)       元亨二年十二月廿三日
            勢至(サク)   (光明真言)
                  

(キリーク)       観音(サ)    (光明真言)
阿弥陀如来(蓮座)       正和三年八月十七日□覚□□
            勢至(サク)   (光明真言)

 この二基は、東葛地域の代表的な板石塔婆として位置づけられており、最も均整のとれた形をしています。
 昭和五十五年二月二十二日に、千葉県有形文化財に指定されました。
                                           流山市教育委員会



周囲の風景はこのようです。
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  1. 2011/12/14(水) 09:00:10|
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