写真でつづる流山の道 (19)オランダ様
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写真でつづる流山の道

流山市内の道をすべて歩きました。道すがら目にしたものを写真で紹介します。流山市限定ですが、他の場所に共通するテーマもあるでしょう。あなたの地元を歩いてみませんか。

(19)オランダ様

「流山新100か所めぐり」第19番「オランダ様

美原3丁目の流山街道沿いにポツンとある。住宅の敷地に食い込むようにブロック塀に囲まれているので気が付かない人も多いのではないかと思う。車で通ったらまず見過ごすだろう。
説明文にある〝馬匹〟が読めなかった!初めて目にしたとき頭の中では〝ばひき〟で済ませていた。調べたら〝ばひつ〟だったのだ!!恥ずかしく思うと同時に,日本語は難しい,とため息をついたのだった。
※2011年10月25日投稿の「流山の坂(1)」で紹介した「オランダ坂」も参照してください。

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流山街道のここは“オランダ坂”(坂はサガと読むんでしたね)と言われていた。ゆるい坂なのだ。右の写真では,左端に電柱に挟まれるように「オランダ様」の祠が見える。
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“地蔵菩薩”と読めるのだが・・・〝おじぞうさん〟と〝馬頭観音〟とのつながりがよくわからない・・・

徳川八代将軍吉宗は馬匹改良のためオランダ東インド会社に命じてペルシャ馬を輸入し小金牧に放牧した。このペルシャ馬のうち此の地で死んだ馬を祀ったのがこの馬頭観世音である。元文二年(一七三七年)の建立で古くよりオランダさまとして信仰されまたこの前にあった坂はオランダ坂と呼ばれていた。
昭和五十九年四月吉日 
稿 田中則雄
海老原二一建立


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オランダとのつながりや,馬を人間同等に扱った当時の人々の気持ちがわかる。第46番で紹介する予定の「オランダ観音」もお楽しみに!
※“小金牧”に関する図書は新書版で,青木更吉著「小金原を歩く」「小金牧を歩く」(共に崙書房刊)などがある。また「野馬土手」にも注目していくと東葛地域のパノラマが見えてきます。


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  1. 2012/01/07(土) 07:33:33|
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