写真でつづる流山の道 (44)諏訪神社

写真でつづる流山の道

流山市内の道をすべて歩きました。道すがら目にしたものを写真で紹介します。流山市限定ですが、他の場所に共通するテーマもあるでしょう。あなたの地元を歩いてみませんか。

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(44)諏訪神社

「流山新100か所めぐり」第44番「諏訪神社」《TOP30-2

地図はで,「諏訪神社」(マーク①)と「成顕寺」(マーク②)を一緒に表示します。


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神馬について【木の板に墨書き】
今から約九百年前 平安後期の武将源義家(八幡太郎ともいわれ陸奥守鎮守府将軍)は 奥州の豪族が反乱を起こした際に 朝廷の命を受けて 追討のため下向の途次 当神社に参詣して 戦勝を祈願し その後役が鎮定しての帰途 再び当神社に詣でて 乗馬及び馬具を奉献して 神恩に報謝した その古い記録に基づいて この度先年 社殿を葺き替えた際の古銅を以ってこの神馬を鋳造しました  宮司誌








2010_0831_085647-DSC01870.jpg 源義家鞍掛之枩

鞍掛枩の碑に添えて
 九百年間源義家が後三年の役を終えて神馬奉謝の為に当神社に奉馬及び馬具を奉献した際に鞍を掛けた松は第一鳥居前を五十米程前方の豊四季字鞍掛現ツルハドラック前の県道沿いにあった 古老の言によると臥龍の形をした見事な松であった 明治初年の台風で古損した 字名の鞍掛はこの松に由来する
 因にこの地の前の県道を境に北側は字名を姫宮という もと当社の摂社姫宮神社の境内地であった 明治の中頃神社は当境内地に遷された
 平成二十年記  社務所









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 道問えば大根曳いて教へけり
 
この句は蕪村がこの里近くで作ったと伝えられています そしてこの句が神社に献額されています そうすると蕪村が初冬の頃畑で大根ぬきをしているお百姓さんに「おすわさまはどちらですか」と問いかけたらその人はふり向き乍ら「あちらです」とおしえられたときの句ともかんがえられます













2012_0217_092836-DSC06451.jpg 山上憶良
銀(しろがね)も金(くがね)も玉も何せむに まされる宝 子にしかめやも

歌碑に寄せて
銀も金も玉も何せんに まされる宝子にしかめやも
万葉集の歌人山上憶良は「白銀金も宝玉も何としょう すぐれた宝は子に及ばない」 子を思う親の心を表した名歌です 長崎の平和像の制作者北村西望先生が当神社のために百壱才のときに書いて下さったものです
「子育ての神様でございますお諏訪様」に相応しい歌なので碑を建てました







2010_0831_085907-DSC01873.jpg 諏訪神社 御由緒 畧記

御祭神 健御名方富命(たけみなかたとみのみこと)  父神 大国主命    
女神 高志沼河此売命(こしぬなかわひめのみこと)  后神 八坂刀売命(やさかとめのみこと)

御創建 平城天皇の大同二年(八〇七)
平成十八年 御鎮座千二百年の式年大祭を斎行

御神徳 昔から駒木のお諏訪様と云う御名で近隣はもとより関八州の崇敬者から尊び親しまれ 健康で
家内は安全 生業は平安発展ありとある心願成就の神様 心の拠り所として広く知られ 古くは源義家(一〇三九 ― 一一〇六)は後三年の役に際し鎮守府将軍として当地方が馬と武具の産地故 此の地に於いて人馬を集め武備を整えて御神前に武運の長久を祈って征途に就き 平定帰洛の折には 乗馬及び馬具を奉献 降って水戸光圀公には数度の参拝をはじめ崇敬者の祈りは今日に及びます
尚 諸願祈祷はお申込み次第随時執り行います


2011_1226_093156-DSC05345.jpg 諏訪神社略記
一 御祭神
健御名方富命(たけみなかたとみのみこと) 父神は大国主命 母神は高志沼河比売命(たかしぬまかわひめのみこと)
妃神は八坂刀売命(やさかとめのみこと)にましまし 一般に駒木の「おすわさま」という名で親しまれています
二 御神徳
諏訪大神は出雲の國譲りの神話で活躍された神様で御名の示す神徳の如くいよいよ
「健」の神徳によって 無病息災 健康をお守り下さり
「御名方(みなかた)」の神徳によって限りない恵みの水をお与え下さり
「富」の神徳によって生活に必要な衣 食 住をお授け下さり
即ち生きるために必要な一切をお授けお守り下さる
生命の本源の親神様として神護のまにまに古くから家運隆昌 五穀豊穣 諸病消除 延命息災等 神威の
こよなくあらたかな神様として遠近より詣で来て心を正し身を清めつつ 祈る人跡を絶たず 特に八月二十二日 三日の大祭には十万に及ぶ参詣者で賑わいます
三 由緒
今から千百七十余年前 即ち平城天皇の大同二年 この地方を開発された 天武天皇の後裔によって創建せられ 以来住民は広大な神徳を仰ぎつつ朝(あした)に神護を祈り 夕に感謝の生活を営み降って寛治年間 源義家奥州鎮撫の際は乗馬及び馬具を献じて報賽の誠を捧げ 或は徳川光圀数度の奉幣をはじめ 領主の崇敬厚く衆庶の信仰は実に関東一円に及び今日に至りました。


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諏訪の宮
 「駒木のお諏訪さま」という名で親しまれている 当神社は平成十八年には御鎮座壱千二百年を迎えます
 思えば平安・鎌倉・室町・戦国・江戸、更に明治・大正・昭和・平成と長い年月を、広く世の人人は、政治・動議・人倫・品性・生活・希望のよりどころとして、神威を畏み、崇び敬い、加護を拝して、中今の今日に至った
 清雅(きよらか)にして常若(とこわか)、簡靖(しずか)にして厳恭(おごそか)な真秀良場なす神奈備にそぞろ詣でればおのずから愈ゝ国の隆昌と世界の共存共栄と吾が祈りと誓いを捧げ奉る
 これのわが諏訪の大みやしろ永久にこそあらめ




2011_1226_091946-DSC05331.jpg 御鎮座壱千二百年の碑
 駒木のお諏訪さま という名で 古くから広く世に親しまれている 諏訪神社は その昔 高市皇子の後裔とゆかりの人たちが 新しい天地をもとめて そらみつ大和国からはるばると とりがなく東國は この大堀川のほとり駒木の里を うまし良き地と選び定めて 田畑を墾(ひら)き 邑落(むら)を形成(つくり) 人々の心のよりどころとして 大同二年に みすずかる信濃国に鎮まり座す 諏訪大社の御分祠を鎮祭の神社であります
 以来 人々は 朝に祈り夕に感謝の誠を捧げて 子子孫孫相承け相伝えて年を重ね 今年は数えて 壱千二百年の節目の嘉年を迎えました
 長い年月を顧みますと かの 後三年の役に際し 鎮守府将軍として 勅命を拝した 八幡太郎義家は この地において人と馬を集め 武具を調達 神前に御加護を祈って 征途につきました 勿来の関にかかると 春は正にたけなわ 吹く風を 勿来の関と 思えども 道もせに散る 山桜かな(千載和歌集)と 馬上豊かに詠じ 陸奥国に着くや 武勇と徳厚によって さしもの騒乱は鎮定しました その帰洛の途を 再び大前に額ずいて 乗馬及び馬具を奉献して 感謝の誠を捧げました
 降って 水戸光圀公や 領主も幣帛を捧げ 神社の崇敬者は関八州に及びました
 曽つての広大な境内地は 江戸幕府の放牧地として縮小しましたが 昭和から平成にかけて 機会を重ねて拡張を続け 漸く往昔の端を偲ぶに足る 社叢は神さびました
 式年の嘉年を迎えるに当り 先年来 御神恩に奉謝の丹誠を捧げて 南参道を新設 なごみ像を設置 敷石を 改修 数多くの春日灯籠を建設 社務所・講堂の各屋根銅板を葺替 隨神門を建立 隨神像を安置 境内は樹木を植栽して整備 殿内の隨神・狛犬を塗り改め 簾・壁代等各調度 又社務所の全備品を改修整備して 本日茲に 氏子 崇敬者多数参列 奉祝の式年大祭を斎行 仰いて 益々 神徳の弥高を拝し 愈愈 国の隆昌と 世界の共存共栄 並に 氏子崇敬者の弥栄を 祈誓新たにいたしました
   平成十八年四月二十三日
      宮司 古谷金祐 謹誌
      禰宜 古谷和史 謹書


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年末年始には〝輪くぐり〟ができる。

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  1. 2012/02/19(日) 07:26:21|
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