写真でつづる流山の道 (48)天形星神社

写真でつづる流山の道

流山市内の道をすべて歩きました。道すがら目にしたものを写真で紹介します。流山市限定ですが、他の場所に共通するテーマもあるでしょう。あなたの地元を歩いてみませんか。

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(48)天形星神社

「流山新100か所めぐり」第48番「天形星神社(てんぎょうせいじんじゃ)」

地図ではマーク①です(拡大してください)。次回の「金乗院」はマーク②で示しました。


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「天形星神社」の名前の由来と意味が知りたい。「天神社」と関係はあるのか?・・・調査中・・・
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上の2枚の写真は「石見社」の現在の姿(2012.2.17)ですが,
                                 下の2枚は東日本大震災で灯篭が倒壊した様子です(2011.4.30)。

2011_0430_134350-DSC02690.jpg  2011_0430_134116-DSC02685.jpg 

DSC00928.jpg 敬神
社殿改築記念の碑
長崎、野々下の地は、戦国期には既に集落を成していたことが、当時の古文書によって知られます。
 天形星神社は、千葉県知事保管の神社台帳に、御祭神は天照皇大神の弟神にまします素戔嗚尊、創建は寛文二年(1662)と載っています。
 尚御祭神は日本書紀によれば、出雲国簸川(ひかわ)上流にて八岐大蛇を屠(ほふ)り、その尾より都牟刈太刀(一に天叢雲剱、後に草薙剱)を得、天照大神に献り、又「八雲起つ出雲八重垣妻ごめに、八重垣作るその八重垣を」とよませ給える御詠は、即ち短歌の起源とも称せられる。
 このたび氏子一同、従来の社殿の荒廃を畏れて、協恭改築の議を決し、境外の石見社を境内に奉遷して、その跡地を譲渡、氏子又浄財を奉献、合わせて資となし。
 本殿、幣殿、拝殿計二十坪及び石見社を、台湾檜にて流れ造り銅板葺を以て改築、調度を設け、鳥居を一基は移し二基を建立、燈籠を配し、狛犬を据え、御手洗舎を建設、参道に石畳を敷き、境内は樹木を植え且つあまねく整備、斯くして全計画を竣成。
 本日茲に奉祝大祭を斎行、神威の弥高を拝し、国の隆昌と世界の共存共栄、並に氏子崇敬者の弥栄を祈って記念とします。
 昭和六十三年四月吉日     宮司 古谷金祐 謹誌


2012_0217_094815-DSC06457.jpg 石見社の由来
「いわみさま」は寛政年間、徳川幕府の房総三牧の野馬方総取締まりをされた旗本岩本石見守をお祀りしたお宮です。
 長崎、野々下の両村は三牧の一つ小金牧の野付の村として隣接した牧内に野馬入り新田を開拓することは多年の願でした。この願望を認めてくれたのが石見守で寛政六年のことでした。この新田を原新田と呼びました。林畑です。この新田には秣の育成、松、杉、楢等の植林がなされ、薪、炭の生産も成果を上げ豊かな村となりました。
 村民一同、石見守の人徳のお陰と感謝の念を深めました。報恩の一念から文化九年には「石見大明神」の石碑を建て、明治初年にはこの碑を御神体として長崎一丁目七四二番地に境内を定め、社を設け、鳥居も建てて代々祭祀を続けて参りました。昭和六十二年七月十五日天形星神社境内に造営竣工された新社殿に遷座されました。
     昭和六十三年四月吉日           根本正夫 謹記


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境内裏には‘三等三角点’があります。手持ちのGPS測定によると,北緯35°51′54.7″ 東経139°56′0.8″,地図による標高は19.3m

2012_0217_095419-DSC06466.jpg 流山市立博物館発行の調査研究報告書(12)「流山の道」の冊子の表紙にはこの場面の写真が使われています。(私の写真が採用されたのではありません!)ここがいかにも流山らしい道の風景だとして使ったのでしょう。神社[天形星神社]と古木と森と曲線の道・・・いいですね。その冊子の裏表紙には〝道角の道標〟が使われています。










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  1. 2012/02/25(土) 08:17:10|
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