写真でつづる流山の道 (64)流山広小路

写真でつづる流山の道

流山市内の道をすべて歩きました。道すがら目にしたものを写真で紹介します。流山市限定ですが、他の場所に共通するテーマもあるでしょう。あなたの地元を歩いてみませんか。

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(64)流山広小路

「流山新100ヵ所めぐり」第64番「流山広小路

広小路という語感から交差点を意識するが,この三叉路はもちろん,北・東・南に延びる街路が,流山の繁栄を築いた場所だ。平成24年になって“流山本町 江戸回廊”と銘打って観光に向けた活動が展開中だ。
当ブログでも今後目が離せない。「100か所めぐり」が一段落したら詳しく紹介します。




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                                           三叉路に立つ現代版道標。

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上の2枚は,北方向を見る。   下2枚は,南方向を見る。
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2012_0307_092841-DSC06655 パノラマ写真
パノラマにしてみました。中央の建物が「呉服新川屋」

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旧道の風景
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左の写真は,東方向をむいて大坂を望む。坂上の右手が市役所。

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2011_1023_095744-DSC04386.jpg呉服新川屋店舗
登録有形文化財(建造物)第一二 ―― 五八号
 この建物のある流山広小路沿いの地区は、江戸時代から江戸川沿いの加村河岸に米や東北・北関東の物資を運ぶ水運業や、江戸時代中期に開発されたみりん醸造業などで栄え、昭和四十年代まで多くの商家が軒を並べていた。
呉服新川屋は弘化三年(1846)創業で、この建物は、明治二三年(1890)に建てられたものである。土蔵造りの分厚い壁が特徴で、恵比須、大黒天が表された屋根の鬼瓦は見事である。建物に書かれた文字から熊五郎という松戸市の大工が建てたことが知られる。
 現在広小路界隈の歴史的建造物は少なくなってしまったが、呉服新川屋店舗は国土の歴史的景観に寄与しているものとして、平成一六年国の原簿に登録された。
 建物は建築後何回か修理されているが、平成一七年文化財として保存修理工事を行っている。
   流山市教育委員会            【北側鬼瓦 恵比須;南側鬼瓦 大黒天】



鬼瓦に‘恵比寿’‘大黒’が飾られているのは珍しい。ちょっと見にくいが・・・
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平成23年に登録された〝見世蔵〟
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2011_1019_102540-DSC04339.jpg寺田園見世蔵
寺田園旧店舗
国登録有形文化財十二 ― 〇一五四号
 寺田園が所在する江戸川沿いの流山本町大通りは、江戸時代から明治時代にかけて、米などの物資が集荷された江戸川の水運業や、みりん醸造業などで栄えた。
 寺田屋は流山村の草分けといわれる六軒百姓の一つで、明治三十年代の町並みには「寺田茶乾物屋」とあり、昭和三十八年に移転するまで店舗として利用されていた。
 旧店舗は大通りに西面して建ち、通りに唯一残る黒漆喰仕上げの土蔵造りで、本体は間口四間奥行二間、二階建て寄棟造、平入瓦葺きである。
 正面側に奥行七尺の前庇、背面に奥行一間半の後庇を設け、さらに一間の後設下屋が付く。
建築年代は「諸事支払簿」に「見世蔵間口四間奥行五間二尺 明治二十二年九月立前」と記録されている。
  平成二十三年 流山市教育委員会

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ましや解説板
呉服 ましや(増屋)店舗・土蔵
 呉服店「ましや(増屋)」は江戸末期の安政六年(一八五九年)の創業であり、その以前は酒造業を営み、文政一一年の記録が残っております。
 店舗部分は関東大震災(一九二三年)当時までは江戸時代以来商家としては一般的であった軒を大きく前に出した「出桁造」でありましたが、防災及び街路の拡幅のため、当時流行の洋風を取り入れた、いわゆる「看板建築」様式に改造されたものであります。
 切妻造りの「土蔵」部分は明治三年に建てられたもので、流山本町地区(旧・加岸、加台、根郷、宿など)において現存する最古の土蔵の一つであると云われております。
 なお蔵内上部梁には左記の墨書が残っています。
  上棟 明治三年 午 八月
  左官 丑五郎   大工 権次郎 留吉 亀次郎
  石工 藤吉    鳶  安五郎 勇吉



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このような旧家も見られる。じっと見ているとタイムスリップできる・・・が・・・不審者と間違われないように気をつけよう。












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  1. 2012/03/21(水) 08:39:00|
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