写真でつづる流山の道 (89)雷神社

写真でつづる流山の道

流山市内の道をすべて歩きました。道すがら目にしたものを写真で紹介します。流山市限定ですが、他の場所に共通するテーマもあるでしょう。あなたの地元を歩いてみませんか。

(89)雷神社

「流山新100か所めぐり」第89番「雷神社



powered by 地図Z


2010_0629_112228-DSC01296.jpg 2010_0629_112258-DSC01297.jpg
                                       マンションに挟まれるようにたたずむ。

2010_0629_112214-DSC01295.jpg 2010_0629_112131-DSC01293.jpg

2010_0629_112117-DSC01292.jpg

2012_0120_144214-DSC05865.jpg雷神社由来【境内の拝殿横の石碑文;/は改行を表す】
備社の由来
この鰭ヶ崎の地には先人達が営々と守り育ててきたおびしゃ行事がある。おびしゃとは、地域に住む人々/
の共有の鎮守様である雷神社に供物を備え五穀豊穣、家内安全等を祈願する講として現在に伝承されて/
いる。組織的には氏子の家順に七戸が年番となって行事の準備をする。当番の最初の家をハナト(初戸)と呼び/
行事全般の総括者である。古くは備社田を耕作し、この備社田から得た収入をもって神社の維持管理や祭事/
の費用に充てられた。社に備えるといった語源からお備社といわれている。/
おびしゃ行事は毎年一月二十日に神社の拝殿で祭典が行なわれる。神殿には、米や酒などのほか鶴亀/
と松竹梅をあしらった供え物が用意される。祝詞奏上のあと、歩射、トウ渡しが行なわれる。歩射は、拝/
殿から鳥居の方向に赤鬼・青鬼の顔を描いた的を立て、神官・氏子総代・世話人・初戸の順に弓を射る行/
事である。トウ渡しは一年間の務めを終えた当番が、次の当番に一切を引継ぐ行為である。引継ぎの品物の中/
には唐金製の薬罐がある。薬罐には安政己六年(一八五九年)未正月吉日鰭ヶ崎村氏子中と刻され一対が伝え/
られており貴重な遺産といえる。トウ渡し後は社務所で直会(祝宴)が行なわれる。当番は七福神(恵比須・/
大黒天・弁財天・毘沙門天・寿老人・福禄寿・布袋)の扮装をし来当は上下を着用し宴席に正座し居並/
ぶ。宴席には囃子連中が招かれ、たねがしや大国主命、獅子などが舞い演じられる。夜も更ける頃社務所か/
ら七福神を先頭に山車を引いて備社当番一切の道具とともに初戸の家まで送り込み行事が行われる。/
お土産には、清酒・みかん・金一封を持参する。到着すると当番と来当は向かい合って、七福神の順に座り目/
録や衣装の引渡しをして終了となる。鰭ヶ崎のおびしゃ行事は、昭和五十二年十月二十二日付けで流山市無形民俗/
文化財に指定されている。この碑は幾多の歴史を生み日本の現代を築いた昭和の年号が終り新らたな平成の年/
号を迎えた輝やかしい年を記念し、併せて由緒あるおびしゃ行事の由来を改めて認識し次代の子孫に引継いで行く/
ため備社当番の家順を碑の裏面に刻して末永く保存・伝承することを目的におびしゃ発祥三百周年を記念し/
建立するものである。
     平成元年十月吉日  鰭ヶ崎雷神社氏子一同
【〝オビシャ〟は,御歩射・御備社・御奉射・御備射・御日射等の文字を当てる。また〝トウ〟は頭屋か当屋からか。】



2010_0629_112154-DSC01294.jpg鰭ヶ崎おびしゃ行事
       流山市指定無形民俗文化財第一号
 「おびしゃ」は、関東地方各地に伝わる正月の行事で、流山市でも地区や神社を単位に行われている。
 鰭ヶ崎では七軒が当番となり、一月の「おびしゃ」をはじめ、五月、九月にも「おこもり」を行うなど一年間の行事を運営する。当番の筆頭をハナト(初戸)という。
 むかしは備神田という共有の水田を当番が耕作し、費用をまかなっていた。
 「おびしゃ」は毎年一月二十日に行われる。七軒の当番が七福神(ハナトは大黒様)に、次年の当番が裃姿で神社に集まり、祭礼、引継ぎの儀礼である「トウ渡し」のあと、赤鬼と青鬼の的にむかって矢を放つ。
 その後の直会では、お囃子や神楽が奉納される。
 夜になると、神社から次年の当番の家まで万灯をかかげ、花でかざった車をひいて、「送り込み」が行われる。
                 流山市教育委員会



2012_0120_153134-DSC05868.jpg 2012_0120_153157-DSC05869.jpg

2012_0120_153223-DSC05872.jpg 2012_0120_153338-DSC05875.jpg

2012_0120_153507-DSC05880.jpg 2012_0120_153728-DSC05887.jpg


2012_0120_154119-DSC05892.jpg 2012_0120_154129-DSC05893.jpg

2012_0120_154200-DSC05894.jpg 2012_0120_154206-DSC05895.jpg

2012_0120_154238-DSC05896.jpg 2012_0120_154615-DSC05902.jpg
                                      〝七福神〟に会えました!!

当日配布された資料【数か所の表記を直しました】
おびしゃ行事の進行表(タイムスケジュール)
午後1:00:送り当番・受取り年番は、当日早めのお昼食をすませて、神社に集合する。
  1:30:衣装(七福神・裃)を纏った年番が、境内に揃い記念撮影
  3:00:神前行事-神前に迎い着席する。神官による祝詞奏上
  3:15:神前行事終了   年番引き継ぎの儀・年番の意義などを述べる。
  3:30:弓射の儀-神殿から鳥居に向かい、保存会長・年番長・来賓などが赤鬼・青鬼の面に矢を射る。
  4:00:直会(なおらい)-会長や来賓の挨拶 祝宴会
       お囃子連・赤城保存会による獅子舞い・たねがし等の余興を披露。
  6:00:送り込みの儀(出発)-神社周辺を回り神社に戻るコースです。
  6:30:七福神衣装一式引継ぎの儀  受け当番 初戸(はなと)(社務所に待機)
  7:00:送り当番・受け当番の乾杯儀式
  7:30:行事終了 解散

鰭ヶ崎おびしゃ行事の概要
【沿革】
 成立時期が江戸時代の享保年間(1716~36)という古い歴史をもつ行事で、雷神社の氏子が7軒ずつ家順に年番で一年間当番を務め、おびしゃ行事をはじめ1月・5月・9月・10月に実施する【おこもり】の賄いなどの行事を取り仕切り、次の7軒の当番〔受け戸〕が引き継いで行く行事である。
 以前は備社田(神社所有の水田)を耕作し秋に収穫した水稲や野菜といった供物を備え【五穀豊穣】・【家内安全】・【商売繁盛】を祈願する講であった。
 現在は備社田の耕作はしていないことから、運営資金は市の補助金や神社護持会からの助成金さらには、当番者の負担金などで賄っています。
 昭和52年12月22日付けで、流山市指定無形文化財に選択されています。
 また、平成6年2月22日付けで、千葉県の記録に残すべき文化財に選択されています。
【特色】
 昭和50年代からは、7軒の当番が【七福神の衣装を纏い】受け当が【裃と袴】で正座する姿は絵になっています。
 圧巻は神社拝殿から鳥居側に据えられた赤鬼と青鬼の面に向かって弓矢を射るところがこのクライマックスといえます。
【送り込み】
 社務所から受け当の家まで【酒樽】【味噌樽】などの各種道具を車に積込み、人間は徒歩で万灯や提灯を提げて行列する【送り込み】行事が行われる。
 (古くは、荷車や牛車を利用して、行列を見学する人には、みかん・お餅を配りながら歩いたとされていました。)
【見学者の皆様へのお願いです】
 神社拝殿から鳥居側に据えられた赤鬼・青鬼の面に向かって弓矢を射る行事がありますが、素人が作成した弓と矢を用いて実施いたしますので、身体に当たるとけがをする恐れが有ります。大変に危険ですから的の周辺には近寄らないで下さい。今年も、参観場所を特定しそれ以外は立入り禁止箇所といたします。皆様のご協力をお願い致します。
       鰭ヶ崎おびしゃ行事保存会 会長 恩田一雄

スポンサーサイト
  1. 2012/04/24(火) 07:56:13|
  2. ブログ
  3. | トラックバック:1
  4. | コメント:0
<<(90)観音寺 | ホーム | (88)坂川>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://nagareyamamichi.blog.fc2.com/tb.php/197-18ffe139
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

まとめteみた.【(89)雷神社】

「流山新100か所めぐり」第89番「雷神社」poweredby地図Zマンションに挟まれるようにたたずむ。雷神社由営々と守り育ててきたおびしゃ行事がある。おびしゃとは、地域に住む人々/の共有...
  1. 2012/04/24(火) 08:12:58 |
  2. まとめwoネタ速suru