写真でつづる流山の道 (96)清瀧院

写真でつづる流山の道

流山市内の道をすべて歩きました。道すがら目にしたものを写真で紹介します。流山市限定ですが、他の場所に共通するテーマもあるでしょう。あなたの地元を歩いてみませんか。

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(96)清瀧院

「流山新100か所めぐり」第96番;TOP30-9「清瀧院
【〝瀧〟の字はサンズイが付く】




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                                      ‘新四国八十八カ所霊場 第三十五番二列’となっている。

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金剛力士立像                      流山市指定有形文化財第十二号
 像高二メートル二十センチ。向かって右が口を開いた阿形像、左が口を閉じた吽形像である。
 一般に仁王像といわれ、もとは寺院の入口の仁王門内に安置されていたものと推測される。
 頭部はおおむね前後に矧(つ)ぎ、体部は十二~十三センチ幅の堅材を矧ぎ合わせて中を空洞につくっている。江戸時代末期の作と思われる。

絹本著色不動明王及二童子像              流山市指定有形文化財第二十三号
 火焔光背を負い、瑟々座(しつしつざ)に坐す不動明王と制多迦(せいたか)・矜羯羅(こんがら)の二童子を描く。不動明王は両眼を大きく見開き、総髪で左側に弁髪をたらす。肉身は現状では深緑色にみえる。左手に羂索、右手に宝剣(三鈷形の柄つき)を持つ。
 軸裏側に天保七年(一八三六)の修理銘があるが、古風な図様と筆法の特徴から室町時代の作と考えられ、市内では数少ない作例である。
               流山市教育委員会


「流山七福神」
寿老人
寿老神とも書きます。長寿の神様で老人の化身の神とも言われています。長命、富財、与宝、諸病平癒の神でもあります。人々の安全と健康を守ります。

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                                           金剛力士像を収めるお堂。

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撮影日(上下とも):  2012年3月29日         ⇒ ⇒ ⇒       2012年4月10日
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境内のシダレザクラは市内最大級の見事なものだ。一度で満開を目指して行くのはむずかしいと思う。
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手前の桜の枝越しに見る清瀧院遠景だが,桜が見えにくい。

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  1. 2012/05/07(月) 08:03:52|
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