写真でつづる流山の道 小林一茶と秋元双樹
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写真でつづる流山の道

流山市内の道をすべて歩きました。道すがら目にしたものを写真で紹介します。流山市限定ですが、他の場所に共通するテーマもあるでしょう。あなたの地元を歩いてみませんか。

小林一茶と秋元双樹

昨日の〝一茶句碑〟でも紹介した「一茶双樹記念館;小林一茶寄寓の地」を紹介します。
趣のあるたたずまいです。‘ここで一句・・・’といきたいのですが...




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〝俳句作品展〟が開かれていた時の写真です。特に子供の作品はスッと心に響きます。
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2011_1023_094124-DSC04376.jpg小林一茶寄寓の地  流山市指定記念物第一号
 江戸時代の俳人小林一茶(1763年-1827年)は、人生の多くを旅に過ごした。中でも流山を含む下総地方は、最もよく訪れており、その他の俳友達を指導したり、情報を交換したりして、生活の糧を得ていた。
 流山で一茶と親交が篤かったのは、醸造業を営み、味醂の開発者のひとりと言われる、五代目秋元三左衛門である。三左衛門(1757年~1812年)は、双樹と号し、家業の一方俳句をたしなみ、経済的にも一茶を援助していた。一茶は、享和三年(1803)から文化十四年(1817)の十五年間に、五十回以上も流山に来たことが、句帖や日記からわかっている。一茶と双樹の関係は、俳人と商家の大旦那というだけなく、真の友人であったことがしのばれる。
 流山市教育委員会では、この地を一茶と双樹が親交を深めた、流山市にとっては由緒ある土地として、平成二年十二月四日付で、一茶双樹記念館として整備した。安政期の建物を解体修理した双樹亭、枯山水の庭園、流山で味醂の生産が最も盛んであった時代を再現し、展示を行う秋元本家、茶会、句会などに利用できる一茶庵がある。
                           流山市教育委員会


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  1. 2012/09/07(金) 08:54:22|
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