写真でつづる流山の道 流山の地名(5)

写真でつづる流山の道

流山市内の道をすべて歩きました。道すがら目にしたものを写真で紹介します。流山市限定ですが、他の場所に共通するテーマもあるでしょう。あなたの地元を歩いてみませんか。

流山の地名(5)

「流山の地名」第5回目は,「駒木」「駒木台」「美田」「下花輪」「大畔」を回ります。

④は⑤の西


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駒木(こまぎ)
八幡太郎義家が奥州征伐のとき,諏訪神社に参詣し,境内の松の木に愛馬をつないだので〝駒木〟と言われるようになった。あるいは小金牧が近いので〝古い牧〟〝こまき〟が“濁音化”により〝こまぎ〟となったとも考えられる。一方,北の駒木台の方から南へ流れてきた大堀川がこの辺りで東に向きを変えることから,〝クルメク〟⇒〝クルメ〟⇒〝クルマ〟⇒〝コロマ〟⇒〝コマ〟(おもちゃの独楽も同語源か)となったのかもしれない。

駒木台(こまぎだい)
駒木台は駒木の北の台地上にあり,享保15(1731)年「青駒新田」として開発されたが,十太夫新田と青田新田とともに,昭和46年(1971)に「駒木台」と改称したようだ。
※“濁音化”は「古間木」の項を参照。


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美田(みた)
昭和46年,十太夫新田・駒木新田・駒木の各一部から成立した造成地域の美称で,もとは田地であったことがわかる。美田自治会はユニークで,ほとんどの電柱に〝標語〟を掲げている。すべての標語は当ブログ2011.9.25.号をご覧ください。また通りの名前も独自に命名している。歩いていてそのユニークさが楽しい街だ。

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2012_0209_132914-DSC06392.jpg下花輪(しもはなわ)
古くは「花輪」。「はなわ」は舌状台地を意味する「塙(はなわ)=山の突き出た所、また土地の小高くなっている所」であり,野田の上花輪に対して川下の下花輪と呼ばれている。近世には「下花和村」の表記もある。途中に小字の中花輪バス停がある。台地が南に延びている先端に「花輪城」があったが,廃城のあとは西福寺が出来,台地の形状から琵琶山と称した。この〝琵琶〟から麓の地域を〝三輪山〟と名付けたのだろうか。塙(はなわ;美称として花輪)の反対は圷(あくつ;阿久津が美称)。








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大畔(おおぐろ)
「畔(くろ)」は〝田のあぜ道〟から〝高い〟という意味があり,小高い地形で広いあぜが作られたことによる。1524年の記録には「大黒」と書かれていたそうだ。「大墨」とも。縄文時代・古墳時代の住居跡遺跡があるが,調査後は宅地となっている。



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  1. 2012/09/14(金) 07:38:15|
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