写真でつづる流山の道 流山の地名(6)
FC2ブログ

写真でつづる流山の道

流山市内の道をすべて歩きました。道すがら目にしたものを写真で紹介します。流山市限定ですが、他の場所に共通するテーマもあるでしょう。あなたの地元を歩いてみませんか。

流山の地名(6)

きょうは「十太夫」「三輪野山」「市野谷」「」「野々下」を訪ねます。



powered by 地図Z


2012_0303_102538-DSC06639.jpg十太夫(じゅうだゆう)
古文書で1649年に〝主膳儀手代重太夫〟が開創し「十太夫」としたとあることから,この人物の名前が起源であると言えそうだ。その証拠に当初は「重太夫新田」と言ったらしい。近々この地名は一部改名される。以前も「美田」「駒木台」「東初石2~5丁目」と分割されてきて,なお一層分割されそうだ。最近,つくばエクスプレス沿線土地区画整理事業により,新市街地地区(特に流山おおたかの森駅周辺)における字の区域及び名称の変更について,行政区域制度審議会から答申が出され,「おおたかの森東一丁目」などに変更されるようだが,一部は残しておいてほしい。







2012_0209_132328-DSC06390.jpg三輪野山(みわのやま)
大昔江戸川からこの丘陵を眺めた時,大和の国の三輪山に似ていることから命名したようだ。しかし「宮ノ山村」の表記もある。明治2年に「三輪野山村」となった。「三輪ノ山」という表記もある。バス停に「三輪野山」と「三輪の山」があるのは単に同じ表記を避けるためのようだ。奈良県桜井市の神社は「大神(おおみわ)神社」といい,茂呂神社はもとは三輪神社と言った。今でも「三輪茂呂神社」ともいう。
下花輪の地域に‘花輪城址’があるが,そこに祀られたのが‘琵琶首観音’なので花輪城の南に広がる台地を‘びわ⇒みわ’の音転化によったことも作用しているのではないか?(これは私の推測)










2012_0320_100451-DSC06899.jpg 2012_0209_132420-DSC06391.jpg
右の写真は見にくくて申し訳ありませんが,付近案内図には「美和1号公園」(下)と「美和2号公園」(上)と書かれている。公園名では「三輪」と「美和」を使い分けているようだ。

2012_0320_091840-DSC06880.jpg 2012_0320_100523-DSC06900.jpg 
バス停は,京成バスでは「三輪の山」,東武バスでは「三輪野山」と使い分けている。耳で聞いただけでは区別できないので気をつけよう。

市野谷(いちのや)
2012_0523_093254-DSC08237.jpg 2012_0815_093128-DSC09135.jpg

2012_0815_093144-DSC09136.jpg 2012_0815_093155-DSC09137.jpg

2012_0815_093634-DSC09141.jpg市野谷(いちのや)
円東寺の裏方にある水神様の祠に「一谷村」と刻まれているというが未確認。また天神社(市野谷)の境内にある3個の二十貫以上の力石にも「一ノ谷村」と刻まれている。「一」が「市」になったのは,円東寺と天神社の門前に市が立ったことから「市野谷」となったようだ。また「ノ」が「野」になった理由は定かではないが,遠江(とおとうみ;現在の静岡県西部)の代官,市野惣太夫が居住したことから「市野谷」と言われたとも言われる。また「市埜谷」の表記もある。今後,行政区域制度審議会からの答申を受けて,一部が「おおたかの森西・南」「市野谷〇丁目」等に変更されるようだ。
地図でのマーク③は‘力石’のある「天神社」の位置に置きました。
円東寺の南の「天神社(53)」境内にある〝力石〟。『市ノ谷村』と刻んであるのがわかる。
重さはよく見えないのだが,20貫としても75kgだ。持ちにくそうな石だが,これを持ち上げて力自慢をしたのか!







2012_0320_091933-DSC06881.jpg 2012_0110_094842-DSC05625.jpg

2012_0320_093339-DSC06887.jpg 2012_0110_094858-DSC05626.jpg
(か)
桑原(くわはら)から桑村(くわむら)になり〝クヮ〟から〝カ〟に転じたと考えられる。またクワは‘崩れた崖’を表わすとの考えもある。「賀村」「嘉村」の表記もある。
左上の‘郵便局’の画像には,見にくいですが,左手にバス停‘加台郵便局前’,郵便局の名称に‘流山加台郵便局’となっている。地元では‘加台’と言っているようだ。これに対して江戸川近くの地域を‘加岸(かぎし)’と言っている。
※ 漢字一字の地名はこのシリーズ最後にまとめます。


2012_0217_100949-DSC06468.jpg
野々下(ののした)
小金牧の南側を指して‘野の南[下]’としたようだ。











スポンサーサイト



  1. 2012/09/15(土) 08:56:03|
  2. ブログ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<流山の地名(7) | ホーム | 流山の地名(5)>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://nagareyamamichi.blog.fc2.com/tb.php/286-1b001b8c
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)