写真でつづる流山の道 流山発見;日光東往還(1)
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写真でつづる流山の道

流山市内の道をすべて歩きました。道すがら目にしたものを写真で紹介します。流山市限定ですが、他の場所に共通するテーマもあるでしょう。あなたの地元を歩いてみませんか。

流山発見;日光東往還(1)

新シリーズ「流山発見」を始めます。
道歩きの途中で〝発見〟したものを紹介していきます。『コロンブスのアメリカ大陸発見』と同じく,『流山発見』といっても『私にとっての未知の事柄』ということで,先人の跡をたどるということに過ぎません。これにサブタイトルをつけて,第1回は「流山発見;日光東往還(1)」ということにします。
今後どういったテーマができるかわかりませんが,流山に生活する者が見た『新たな発見』を目指します。

柏市から流山市を通って野田市へ,そして栃木県宇都宮の手前まで続く街道を「日光東往還」といいます。この街道を歩いてみました。実際は柏市を起点として,流山市と野田市との市境までの10.7kmだけを紹介します。200年前の風景を探すのは不可能ですが,なんとなく雰囲気を残している場面が撮影できればいいかな,との思いです。

出発にあたって,まず「水戸街道」から紹介しましょう。現在の柏市豊四季で「水戸街道」から直角に分かれて北西へ進む道が「日光東往還」です。その起点 マーク① 周辺を少し見てみましょう。

JR常磐線の南柏駅東口を出て200mほどにある「八坂神社」 マーク② でいいものを見つけました。住居表示は‘柏市・今谷上町’です。‘いまやかみちょう’と読めましたか?



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〝いいもの〟とはこれです。


2013_0428_084151-DSC01329.jpg水戸街道の松並木
 江戸時代、水戸街道(水戸道(みとどう)、水戸道中)は、江戸と水戸を結ぶ重要な街道でした。日本橋から千住、江戸川を渡り、松戸、柏の小金牧(こがねまき)の中を通り、我孫子で利根川を渡り取手、牛久、土浦を経て水戸に至る行程です。現在、この旧道に沿って国道6号線やJR常磐線が走っています。水戸街道は、水戸藩士の通行や旅人の往来に使われていましたが、広大な原野である「小金牧」を通過するため、道に迷うことがあったようです。そこで、水戸藩から資金を与えられ街道に千本の松を植え、道しるべの役割としたのが、松並木のはじまりといわれています。昭和50年代までこの付近には、当時をしのぶ松並木が見られましたが、付近の環境が変わり、松も老木となったりして切られ、現在では残されていません。
松並木の風景(昭和37年頃撮影)
平成19年10月 柏市教育委員会

【この解説板は旧水戸街道に面した、柏市豊四季の「八坂神社」入り口にあります。解説の中で『道しるべの役割とした』とある部分に目を引かれました。正直なところ〝松並木は道しるべだったんだ〟という軽いカルチャーショックを受けました。周辺の野道と区別するためもあったのでしょうが,〝この松並木に沿って行けば水戸にも江戸にも行けるよ〟ということだったのです。他の街道筋でも同じような松並木がありますが,改めてその意味を知った次第です。】


2013_0428_084528-DSC01337.jpg 2013_0428_084217-DSC01330.jpg
写真右端に上の解説板がある。
2013_0428_084326-DSC01333.jpg 2013_0428_084352-DSC01334.jpg
「八坂神社」の拝殿とその奥にある本殿。

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  1. 2013/06/07(金) 13:35:50|
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