写真でつづる流山の道 流山発見;日光東往還(19)

写真でつづる流山の道

流山市内の道をすべて歩きました。道すがら目にしたものを写真で紹介します。流山市限定ですが、他の場所に共通するテーマもあるでしょう。あなたの地元を歩いてみませんか。

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流山発見;日光東往還(19)

「日光東往還」を北上してきました。東深井にある「旧日光街道」という名称の「流山100か所めぐりNo.9」のポイントを見てみましょう。



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その手前にはこんな風景があります。
道路に覆いかぶさる大木と,その下には「屋敷神」が祀られています。
















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この信号が「東深井中入口」で交差するのは現在の流山街道です。「往還」は直進です。
右の写真では,「往還」は左奥へと入っていきます。


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道端に「浅間大神」の石碑と,新四国霊場第五十二番の祠があります。

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いよいよクランクに差し掛かりました。マーク①
左角には「八坂神社」,突き当たりが「100か所めぐり」のポイントになります。


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解説板がへんな具合に曲がっています。支柱も下の方が曲がっています。いたずらでしょうか。
この一角には,「伊勢 代々御神楽」と彫られた石碑や「武蔵國號社 御岳山社稷(しゃしょく)神」(五穀の神)の碑,そしていくつかの「馬頭観音」があります。


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解説板には「成田山と刻まれた道標」とありますが,この場所と成田山との道筋がわかりにくいです。成田山へ行くにはもっと南の街道を行くと思うのですが...
いずれにしても,200年以上前は,周りは原野か林,あるいは農家が点在する耕作地だったと想像します。このクランクは街道筋ではランドマーク的な場所だったのでしょう。


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突き当たりを右(東)へ曲がります。そしてすぐ,流山街道に出る寸前に左(北)へ曲がります。
右の写真では,右が流山街道,左が往還。
【ここでの右左は,往還を北へ進んでいる状況での説明です。南へ進む場合は逆です】


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突き当たりになるのでまた右折。すると流山街道に出ます。
地図で確認してください。


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2013_0503_090518-DSC01551.jpg流山街道に出てすぐの所に青面金剛と彫られた「道標」があり,南面に“左 の田 きの﨑 みち”,北面に“右 なり田 (判読不可)”とあります。マーク②
旅人が立つ場所で,東西と左右の位置関係はどうなっているのでしょうか?いまいちわかりません。
先ほどの「成田山」は北の方から来た人に対しての道標だったようです。北から南へ向かうと「成田山」への方角になります。・・・とはいっても,現代人には,この場所からは『野田は北,成田は南』と言うでしょうね。
イヤ,ちょっと待って!・・・後世の人が,道路工事の際に据え替えて,昔と違う方角に設置したのではないか?・・・謎は残ります。


【聞きかじり】
江戸時代は,『東のことを左,西のことを右』と言っていたと聞きました。京の都で,『天皇は南を向いていたので,右手が西,左手が東』だというのですが...それに加えて,関西では『絶対的な地理的の東西南北』よりも『自分のいる場所から見て進行方向に向かって右か左かを判断する』ということも聞きかじりました。交通関係の地図では必ずしも北が上になっていないらしいです。古(いにしえ)の人たちはどうやって道を教えていたのでしょう?








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  1. 2013/07/13(土) 09:05:12|
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