写真でつづる流山の道 流山発見;日光東往還(20)

写真でつづる流山の道

流山市内の道をすべて歩きました。道すがら目にしたものを写真で紹介します。流山市限定ですが、他の場所に共通するテーマもあるでしょう。あなたの地元を歩いてみませんか。

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流山発見;日光東往還(20)

流山市を縦断する「日光東往還」の紹介は今日で終わります。野田市から先もいずれ歩きたいです。
シリーズ最後に,ここまでのコースを地図で示します(記事の最後)。スクロールして見てください。




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「駒形神社」を通ります。マーク①「駒形神社の由来」をどうぞ:
かつてこの一帯には、官営の野馬放牧場である小金牧が設置されており、
古より緑豊かな良馬の産地として知られておりました。
御社伝によりますと、八幡太郎源義家公が奥州出陣の折りに立ち寄られ、
愛馬を繋ぎ憩われたとされる椋(むく)の木の後裔が鳥居左手に残されております。
誉田別尊(ほんだわけのみこと)を御祭神として御祀り申し上げます
駒形神社が御創建されたのは応永六(西暦一三九九)年九月二十九日
のことと伝えております。以来六百有余年に亘り、駒形神社の大神様は
地域の産土神様として氏子崇敬者の人々の厚い敬神の念を受け、
その御神威、御神徳を今日に伝えております。
   平成十三年 元旦


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運河駅前を通ります。もうこの風景は見られません。現在駅舎改築工事が進んでいて,ここの右手に新しくできた“西口”から“橋上駅舎・自由通路”を通って,“東口”に出られるようになります。東口が完成するのは2013年11月だそうです。完成したら,「運河駅のbefore & after」を紹介します。
その先「運河橋」を渡ります。


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「運河橋」はもちろん明治23年まではありませんでした。それまでは‘地続き’だったのです。
「土木遺産」にもなっている「利根運河」の工事を想像しながら渡りましょう。


2013_0503_091635-DSC01560.jpg 2013_0503_091805-DSC01561.jpg
左写真の左隅に「(ここから)流山市」の標識が見えますか?ここが流山市と野田市との境になります。マーク②
今回の「日光東往還」の旅はここで終わりとします。まだ野田市へと続きますが,いずれ歩きます。
東武野田線は運河駅から北は単線となります。


2013_0503_091931-DSC01562 パノラマ写真
運河橋の全景。ここには3本の橋が架かっています。重なって見えますが,手前が「運河橋」,その奥が「野田線の鉄橋」,3本目がアーチ型の,歩行者・自転車専用の「ふれあい橋」。遠くから見ると,アーチが流山橋に見ます。“借景”ということにしておきましょう。


柏市域から流山市域の「日光東往還」全コース


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  1. 2013/07/18(木) 08:14:42|
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