写真でつづる流山の道 流山発見;諏訪神社(3)
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写真でつづる流山の道

流山市内の道をすべて歩きました。道すがら目にしたものを写真で紹介します。流山市限定ですが、他の場所に共通するテーマもあるでしょう。あなたの地元を歩いてみませんか。

流山発見;諏訪神社(3)

「諏訪神社」の社殿前です。厳かな気分になります。
参拝の前に,諏訪神社の概要をザッと見ておきましょう。


2013_0630_094804-DSC01975.jpg諏訪神社 流山市指定有形文化財
遠い祖先以来、「おすわさま」という名で親しまれている諏訪神社は、社伝によると大同二年(807年)天武天皇の皇子であります高市皇子(たけちのみこ)の後裔が大和(奈良県)より関東に下向、この駒木を永住の地と定めて守護神として信州諏訪大社から額面を遷し祀(まつ)たのが創建とされています。
祭神は「健御名方富命(たけみなかたとみのみこと)」で 別に古事記や旧亊記には「健御名方神」とも記されております。
この神社の境内は約一万坪にして、うっそうと大樹が繁り千二百年の歴史を今に伝えております。
社殿は、本殿・幣殿・拝殿からなる相の間造りであります。
本殿は桁行奥行とも一間の本体に向拝(ごはい)を設け、組物 肘本 天井などは唐物の手法を見せております。
拝殿は桁行三間 梁行二間でありますが、前面柱間は、実寸三間もあり、向拝柱もその延長に立つなど前面柱配置とそれに対応する梁の巨大さに特長があり、本殿と共に文政八年(1825年)に完工されております。
棟梁は、国の重要文化財にも指定されている建築の作者 多古の文蔵であります。また拝殿は、幣殿の前部に位置し間口四間 奥行二間半、弘化三年(1846年)に完工され、作者は当地方の名工 八木の文蔵であります。共に銅板葺にして、これらは江戸時代建築の典型的な権現造りで優雅を極めております。
 平成十八年(2006年)には 御鎮座千二百年に成ります
   昭和五十五年 指定                  流山市教育委員会


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拝殿と,『諏訪之宮』と書かれた額。

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社殿の左手には『天水鉢』が置かれている。

2013_0923_094725-DSC02715 パノラマ写真
社殿前のパノラマ。この狛犬は北村西望氏の作です。右側にある『百度石』は使い方がわかりません。

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年末に訪れた時には『茅の輪(ちのわ)』が置かれていました。側の案内文には次のように書かれています。
十二月の大祓い
今年も十二月のみそかの祓いが近づきました。日本人は昔から六月夏越(なごし)の祓いと共に行ってきた民族の大切なしきたりです。知らず知らずの間にみについた罪穢(つみけがれ)を祓清めてすがすがしい気持ちで新しい年を迎えましょう。
『母の分も一つくぐる茅の輪かな』一茶


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南参道の入り口にあるしめ縄は,木から木へ吊られているように見えます。

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南参道入口。
車のお祓いをしてもらう際にはここから入ります。













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  1. 2013/09/26(木) 08:52:17|
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