写真でつづる流山の道 流山発見;諏訪神社(5)

写真でつづる流山の道

流山市内の道をすべて歩きました。道すがら目にしたものを写真で紹介します。流山市限定ですが、他の場所に共通するテーマもあるでしょう。あなたの地元を歩いてみませんか。

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流山発見;諏訪神社(5)

きょうは「諏訪神社」境内にある〝像〟や〝制作物〟を見てみます。

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北村西望氏の作による狛犬像。他では見られない斬新な姿に驚かされる。

2013_0630_094657-DSC01973.jpg義家献馬について
源 義経 四代前の祖 八幡太郎義家(1059~1106)は 奥州の叛乱鎮定の命をうけて任地に赴く途路 当宮に詣でて戦勝を祈願 それより勿来の関にかかりました
 折柄美しく咲き乱れている桜の花が吹く風に 道一ぱいに散り敷くさまを見て義家は馬上で詠いました 「吹く風をなこその関と思へども 道もせに散る山桜かな」 千載和歌集に載っている有名な一首です。「なこそ」は「勿来」と書き「風よ吹かないで」という意味です
 さて奥州の平定を終えて都に帰る際 再び当宮に詣で 神恩に感謝して 「神馬及馬具を献ず」との古記録によって わが彫塑界最長老 北村西望先生が 当宮の依頼よって「義家献馬」と題して制作 昭和六十年の日展に出品されたものです
 北村先生が奉献された駒の心ねを「桜花(はな)散るや 風よ勿来と 主君(あるじ)はも 関に詠ひき 駒は忘れめ」曽ての「桜花散る勿来の関のあのときのことを おまえ「駒」よ憶えているだろうな」という歌を この優美なロマンの像に添えてくれました


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『七五三像』 日本芸術院会員 雨宮敬子氏制作        『感謝と祈り像』 同じく雨宮敬子氏制作

2013_0827_090533-DSC02404.jpg 
京都の竜安寺にある蹲踞(つくばい)と同じ意匠だが,竜安寺の方は(水を溜めるためだから仕方ないが)中央の四角が大きすぎて,一見してわかりずらいが,こちら諏訪神社の方は,文字デザイン的にはわかりやすい。
吾唯足知(われ・ただ・たるを・しる)と時計回りに読む。
おせっかいな解説:『足る(=満足する)ことを知っている人は不平不満がなく,心豊かな生活を送ることができる』『人は欲張らず,今の自分を大切にしなさい』という意味。・・・さて,自分は...






2011_1226_093227-DSC05346.jpg
『百度石』は使い方がわからず・・・こんど聞いてみます。
















きょうが500回目の投稿になります。「流山発見」はまだまだ続きます。

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  1. 2013/10/01(火) 07:43:15|
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