写真でつづる流山の道 道標・みちしるべ ---今昔---

写真でつづる流山の道

流山市内の道をすべて歩きました。道すがら目にしたものを写真で紹介します。流山市限定ですが、他の場所に共通するテーマもあるでしょう。あなたの地元を歩いてみませんか。

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道標・みちしるべ ---今昔---

「流山市立博物館調査研究報告書12:流山の道」には「道標調査」の項目がある。そこには流山市内にある道標20か所が記録されている。私は流山市内の道をすべて歩いたにもかかわらず,たった2か所しか確認していないことがわかって驚いた。道標の中には,社寺の境内にあったり,道祖神や馬頭観音にまぎれていたり,表面の刻字が判読できなかったりの理由で発見できなかったのだろう。“道標調査”をしたわけではないのでご容赦願うこととする。

2011_0609_090305-DSC03229道標 (1) 2011_0609_090305-DSC03229道標 (10)
伝統的な道標。山道や田園地帯によく似合うものだ。残念ながら書かれている字がかすれている場合が多い。この形は残しておいてほしいと思う。(この形のものは「報告書」に載っている道標には含まれない)


2011_0609_090305-DSC03229道標 (2) 2011_0609_090305-DSC03229道標 (3)

流山街道沿いの東深井,駒形神社の南150mほどの所にあるしっかりした石造りの道標。「報告書」によるとこれは『庚申塔』で『文化12年(1815)』に作られたものだ。『青面金剛』と彫られた左右には『右 なり田 ふせ』『左 の田 きの崎みち』と読める。
道標が立っている周囲の風景は下のようになっている。これを機会に市内のすべての道標を確認したい。


2011_0609_090305-DSC03229道標 (4) 2011_0609_090305-DSC03229道標 (5)

これは「東深井こどもの遊び場」近くの道標。「報告書」によると『庚申塔』で『文政5年(1822)』に作られたものだ。『青面金剛』の左右には『右 野道』『左 布施成田道』とある。(いまや廃れてしまっている〝野道〟という表現に郷愁を覚える)左手を進むと「ろくどみち」に出る。上の道標から東へ500mほどの位置だ。

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2011_0609_090305-DSC03229道標 (12)
これは現代版の道標。左の写真のものは,農耕地ではなく市街地に置かれている。石造りのものに比べて見過ごしやすいようだ。
下の写真のものは,江戸川土手近くで見かけた新しい形の道標だが,この形はここだけのようだ。文字もはっきりしていて見やすいのだが,やはり木製の腕を四方に張った昔ながらの道標の方がこの地には似合いそうだ。



2011_0609_090305-DSC03229道標 (13)

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  1. 2011/10/14(金) 09:06:52|
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