写真でつづる流山の道 流山発見;富士塚

写真でつづる流山の道

流山市内の道をすべて歩きました。道すがら目にしたものを写真で紹介します。流山市限定ですが、他の場所に共通するテーマもあるでしょう。あなたの地元を歩いてみませんか。

流山発見;富士塚

浅間神社の「富士塚」を登ります。

2011_1109_110321-DSC04710.jpg富士塚 流山市指定有形文化財第十五号
 美しい富士山を敬い畏れる人々の思いは強く、古くから信仰の対象となっていた。
 江戸時代になると、富士山を崇拝する人々が集まって「富士講」をつくり、白衣姿で鈴を振り、六根清浄(ろっこんしょうじょう)を唱えて登山し、祈願をしたりした。
 富士塚は富士山をかたどって人工的に築いたもので、信仰の対象に、また本物の富士山を遠くから拝む場所になれている。
 この浅間神社の富士塚は、社殿の後ろに溶岩を用いて築かれた大規模なものである。
 頂上に明治十九年の「富士浅間大神」の碑をはじめ、中腹には多くの石造物が立てられて、一合目から二合目、三合目・・・と頂上に至る「登山道」がつくられている。
流山市教育委員会』



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‘登山道入口’です。身が引き締まります。仰げば3776m...イヤただの6mの‘富士山’があります。

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登山道にはさまざまな石碑があります。置いた人の気持ちは如何ばかりだったでしょう。

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頂上から社殿を見下ろします。前方の建物群のため本物の富士山を拝むことはできません。

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頂上に立つ「富士浅間大神」の石碑。裏には『明治十九年』と刻まれています。
仔細に見てみると次のように書かれています。
〔表〕『富士淺間大神』  ※「士」の字が「中にハのある字形」
    神道管長持賜六位 平山省齋(ひらやませいさい)拜書 印 印
〔裏〕神武天皇紀元二千五百四十六年
   明治十九秊六月一日信徒等建之
        石工 小早川茂八
     ※秊=年,「等」は草冠にも見える…

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下山して振り仰ぐと達成感が湧いてきます。・・・登山の際、足元には充分気を付けてください...特に下る時。

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  1. 2014/04/17(木) 08:48:05|
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