写真でつづる流山の道 ひと休み・見世蔵

写真でつづる流山の道

流山市内の道をすべて歩きました。道すがら目にしたものを写真で紹介します。流山市限定ですが、他の場所に共通するテーマもあるでしょう。あなたの地元を歩いてみませんか。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

ひと休み・見世蔵

今日は「見世蔵」を見せましょう。見せるくらいなら簡単。(〇〇ギャグ?)
流鉄の流山駅を出てまっすぐ,交通量の多い流山街道を突っ切って,正面がマンションになる突き当たりを左へ150mほど行くと,このはな幼稚園,流山福祉会館,と並んで道を挟んでその隣にある。そそっかしい人は見過ごすかもしれない。中里保子さん製作の万華鏡と飯田信義さん製作の切り絵の展示を見るために訪ねてみた。今年2011(平成23)年『国登録有形文化財(建造物)』に登録され,正面に解説版が設置されていた。1889(明治22)年建築とのこと,重厚な柱や梁が120年以上の歴史を語っている。少しだが写真を見てください。そして訪ねてみてください。


2011_1019_101135-DSC04336.jpg
室内の様子。万華鏡と切り絵が展示されている。その精巧さの中に製作者の集中力と並々ならぬ意気込みが伝わってきて,スバラシイの一言だ。とても真似できない。ここまでできるのか!といった驚嘆あるのみだ。
蔵の造作も重厚で,安心できる空間だと感じた。
「登録有形文化財」に指定されると,維持・管理が何かと大変らしいが,一市民として何かお手伝いができればと考えている。








2011_1019_101328-DSC04337.jpg 2011_1019_101337-DSC04338.jpg

2011_1019_102540-DSC04339.jpg
寺田園旧店舗 国登録有形文化財十二 - 〇一五四号
 寺田園が所在する江戸川沿いの流山本町大通りは、江戸時代から明治時代にかけて、米などの物資が集荷された江戸川の水運業や、みりん醸造業などで栄えた。
 寺田家は流山村の草分けといわれる六軒百姓の一つで、明治三十年代の町並みには「寺田茶乾物屋」とあり、昭和三十八年に移転するまで店舗として利用されていた。
 旧店舗は大通りに西面して建ち、通りに唯一残る黒漆喰仕上げの土蔵造りで、本体は間口四間奥行二間、二階建て寄棟造り平入瓦葺きである。
 正面側に奥行七尺の前庇、背面に奥行一間半の後庇を設け、さらに一間の後設下屋が付く。
 建築年代は「諸事支払簿」に「見世蔵間口四間奥行五間二尺 明治二十二年九月立前」と記録されている。
  平成二十三年 流山市教育委員会


2011_1019_102547-DSC04340.jpg 2011_1019_102602-DSC04341.jpg

2011_1019_102710-DSC04344.jpg 2011_1019_102634-DSC04342.jpg

2011_1019_102647-DSC04343.jpg

スポンサーサイト
  1. 2011/10/19(水) 15:58:47|
  2. ブログ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<流山街道;旧道をたどる | ホーム | 江戸川の渡し跡>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://nagareyamamichi.blog.fc2.com/tb.php/61-ed1d73ed
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。