写真でつづる流山の道 流山発見;横丁
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写真でつづる流山の道

流山市内の道をすべて歩きました。道すがら目にしたものを写真で紹介します。流山市限定ですが、他の場所に共通するテーマもあるでしょう。あなたの地元を歩いてみませんか。

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流山発見;横丁

いよいよ「横丁」の最終編!全部で17本の横丁を見たことになります。
流山本町の一番南に位置する「横丁」は,名付けて「丹後(たんご)の渡し横丁」。その昔江戸川には橋はなく,渡し船で交流していました。その渡し場跡がここです。埼玉県・三郷市側にある「丹後」にちなんだ名前です。昭和10年に旧流山橋を建設する際には〝丹後橋〟とするか〝丹後流山橋〟とするか〝流山橋〟とするか両者が協議したそうです。その中で『丹後村は欄干に沿革を記し,流山町は橋に通じる道路の修築費として五百円を丹後村に寄付すること』となり『流山橋』に決まりました。渡しの経営は,当初は丹後村が行っていましたが,後で流山町が運営したという経緯を踏まえての判断だったのでしょうか。ともあれ,現在の流山橋は昭和40年に造られたのですが,もう50年経ちます。大型車が通ると〝揺れ〟ます。〝今ここで地震があったら・・・〟といつも覚悟を決めて通ります。

「流山寺」の2本南の道路です。分岐はさらにその南,細くなっている所です。
拡大すると「旧流山橋」の橋脚が見えます。



2014_1130_101320-DSC06339.jpg
今まで見てきた横丁で一番短いものです。
2014_1130_101605-DSC06342.jpg

2012_0224_101643-DSC06564.jpg
「丹後の渡し跡」の標柱。
上が流山市側にあるもので,下が三郷市側の堤防に立つ標柱です。奥のこんもりした森が「赤城山」です。
ここでチョット突っ込みを...。
この渡し場跡の標柱ですが,流山市では川を背にして町を眺めるように立っています。一方三郷市では川を眺める位置に据えられています。「渡し跡」の標柱の設置形態はどちらがふさわしいでしょうか?あなたならどちらの形態にしますか?

2011_1027_151721-DSC04460.jpg

丹後の渡しを渡って流山に〝上陸〟した人は,左手の「本町通り」を北へ進み,買い物なり諏訪神社詣でへと行きます。あるいは地元の人は右手の「裏道」を通って家路につきます。堤防の改修等でこんなクランクになっていますが,往時はもっと自然な形で分岐していたのでしょう。
画像処理がヘンになり,見苦しくなってすみません。

2013_0228_140019-DSC01179 Stitch

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  1. 2015/03/08(日) 08:55:41|
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